序章 3
煙草を吸い終えてとりとめもない話をした。
課題がつらいであるとか、バイト先の店長がうざいであるとか、そんな風な話だ。ただの大学生である私たちにはふさわしい話だった。とっくに飲み終えていたコーヒーのお代わりを注文した時、時計の針は午後6時頃を指していた。
聞きなれた入店音が響いて扉に目をやると、そこには吉野の姿があった。
「僕抜きで同窓会かい?それはさすがに寂しいだろ。」
すかさず佐々木が返す。
「あんた同窓会に執着するってキャラでもないでしょう?」
私も思わず苦笑する。
吉野圭介、私の狭い友好関係のに属する友人である。基本的に不愛想な眼鏡というのが最も簡単に彼のことを表せる言葉だろう。不愛想なだけで根はやさしいと勘違いされがちであるがしっかりと性格が悪い。
佐々木が自分で弁当を作ってきたことがあるのだが、それを見た吉野は
『茹でたブロッコリー、ゆで卵、レトルトのミートボール。なんだその茹でただけの弁当は。どうせ三日でやめるんだからもうちょっと凝ったもの作れ。』
などと真顔で発言。佐々木がこれまで見たことのない顔になり吉野の頬に紅葉をつけるという事件が起こった。ちなみに佐々木の弁当自作計画は予想を上回る五日間の継続ののち『私が作るよりコンビニで買ったほうがおいしい』という理由で終了した。
「今日はどうしたの?予定があるんじゃなかったっけ?」
佐々木が訪ねた。
「その予定が終わったからここで一息つきに来たら見慣れた顔がいただけだよ。
春は?」
「誘ったけど断られちゃった、バイトだってさ。」
「なるほど、終わった後時間があるようなら来てもらおう、せっかく三人集まったんだ。思い出話に花さかそうじゃないか。」
「俺の祖父が言うに、思い出話をするようになったら人間終わりらしい。」
私が口をはさむ。
「おっと、勝手に終わりになるのは嫌だな。じゃあ思い出話はやめておいて近況報告でもしようか。」
そういって吉野は私の隣に腰かけ、カフェラテを注文した。
「で、二人で何してたんだ?」
「課題だよ。俺が無理やり連れてこられたんだ、同情してくれ。」
「それは佐々木に無理やり連れさられたことへの?課題が多いことへの?」
「後者に決まってるじゃない。私の隣で課題できることに感謝してむせび泣いてたわよ。」
「前者だよ。佐々木は幻覚でも見てたのか?。」
それを聞いて吉野が笑う。携帯電話を確認して言った。
「春は今バイト終えたからこれるってさ。」
「春のバイト先ってどこだっけ」
「近くのショッピングモールのイタリアンだよ。」
私が答える。
「さすが元カレ。即答だ。」
そう言い放った吉野を佐々木がにらむ。
「あんたにはデリカシーってものがないの?」
佐々木のその言葉には明確に怒気が宿っていた。
私が答える。
「いや、別に構わないよ。事実だし。でも春相手には言っちゃだめだぞ。あいつまだ気に病んでるみたいだから。」
吉野がそれを聞いて顔をしかめた。
「気に病むって、それはまたやりきれないな。春が振ったってのに。」
佐々木が口をはさむ
「吉野、それくらいにしなさい。」
吉野は気にするそぶりも見せず答える。
「当人がかまわないって言ってるんだからいいだろ?佐々木は過保護なんだよ。もう半年経ってる、時効だよ。」
「それは少なくとも、吉野が決めることじゃない。」
佐々木は椅子を立ち上がるが私はそれを制する。
「怒ってくれるのは嬉しいけど、喧嘩されたんじゃたまらないからそれくらいにしてくれ。吉野もこの話題はこの辺で。」
佐々木は吉野に見せつけるようにため息をした後に椅子に座りなおした。
「ところでなんで別れたんだ?僕はまだ知らないんだが、」
「この辺でって言ってたじゃない、耳ついてないの?」
「聞いてたよ。でもそれを承諾した覚えはない。」
吉野はこういう男だった。シンプルに性格が悪い上に場の空気が読めない。というよりも読まない。自分が言いたいこと、やりたいこと、やりたくないことに素直なのだ。
「で、なんで別れたんだ?佐々木も聞いてないんだろ?」
「聞いてないけど。その話題は終わりって話だったでしょ?」
このままではもう一度佐々木が立ち上がるような事態になりかねない。仕方がなく私が口を開く。
「吉野は別れた理由が知りたいのか?」
「そう言ってるだろ。」
「どんな答えがいい?」
「なんだそれ。質問に質問で返すなよ。ありのまま起こったことを話せよ。」
「俺が浮気した。」
そう口にした瞬間両サイドの二人が衝撃を受けたような顔をする。私はつづける
「春が浮気した、恋人でいるのに疲れた、友達に戻りたくなった。好きなのを選べよ。きっとどれかが正解だ。」
「答えになってない。」
「さっきの吉野の言葉を借りるなら俺は質問に答えることに承諾した覚えはないね。」
吉野は沈黙する。そしてため息を吐いたのちに言った。
「わかった。お前か春が口を割るまで適当に想像して楽しんどくよ。」
私も答える。
「それでいい。」
マスターが吉野の前に注文していたカフェラテを置いた。吉野はそれを一口飲み、マスターに向けてグッドポーズをとった。心なしかマスターが嬉しそうな顔をした気がした。
私が自分のカップを見てコーヒーのお代わりを頼むか迷っていると佐々木の携帯が鳴った。
「もしもし、うん、わかった気を付けてきてね。」
電話を切った佐々木に私が聞く。
「春?」
「そうよ、もうすぐ着くって。」
「元カノに合う直前なわけだが、気分はどうだ?」
「悪くない、コンディションは万全だ。懸念事項があるとすれば別れてから毎度思うが、どんな顔してればいいかわからないことくらいだ。」
「笑ってればいいんじゃないか?この世の大抵のことは時間と笑顔が解決するわけだし。今日はひとまず笑っておけよ。」
吉野にしては珍しくいいことを言うじゃないか。佐々木と私が顔を見合わせ、同じことを思った。
——―――――
それから数分して、喫茶店の扉が開く。女性が一人姿を見せた、飯田春奈のお出ましである。別れてから初めて会うというわけでもないのに自分の体がこわばるのを感じる。それでもどうにか口角をあげてせめて笑顔を作る。それを見て吉野が噴出した。
「笑顔が下手。もういつも通りでいいよ。」
そういわれて口角を上げるのをやめた。佐々木がそれを見て笑いながら春に声をかける。
「バイトお疲れ、どうだった?」
「もうへとへとだよー、人が足りないっていうのにお客さんはちゃんと来るの。勘弁してほしい。」
相変わらずふわふわとした話し方をする。
春について私は多くのことを知っているため、一言で表すことは難しい。だがそれでも一言で表すとすれば、ゆるふわ天然才女、が最もイメージしやすいのではないかと思う。繁華街や行楽地で見かける女子高生の頭に高性能コンピュータが乗っているとでもいえばいいのだろうか、勉強もさることながら運動や芸術方面においても常に人並み以上の成績を出し続ける女。それが飯田春奈、通称春である。
「ずっと辞めたいって言ってなかったか?まだ辞めてないのか。」
吉野が訪ねる。
「そうなんだけど~、賄がとっても美味しいの。それに働いてる人もいい人だからやめづらくって。」
「ふっ、損するタイプだな春は。」
「吉野みたいに自分のことしか考えてない人間がいるから春が損するのよ。爪の垢でも煎じて飲ませてもらったらどう?」
「名案だな。その時には是非佐々木も一緒に飲ませてもらおう。お互いの壊滅的に悪い性格がどうにかなったりするかもしれない。」
ニヤつきながら吉野が言う。佐々木はわかりやすく眉間にしわを寄せた。
「吉野君。ちょっと外出ようか?」
「一人で出てろよ。さみしいのか?」
あわてて春が間に入る。
「ちょっとちょっと、落ち着いてよ~ほら、たっくんも手伝って。」
ここで疑問を感じた人のために断っておかねばならない。『たっくん』なる人物は私のことである。もののついでに物語を進めるためにそろそろ自己紹介でもしておこう。
私の名前は江嶋拓馬、石を投げれば当たるほどにどこにでもいるような個性のない大学二年生だ。
そしてこの物語はさしずめ私の青春第二幕である。冗長で、劇的でも何でもない日常ではあるがお付き合いいただければ幸いである。
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