戦争
世の中には2種類の人間がいる。
善人と悪人のような哲学的な話でもなければ、俺か俺以外かなどというどこかのホストが口走っていそうな分け方でもない。
完全な善人、悪人は存在しない。善い行い悪い行いというのは表裏一体で、誰かの利益が誰かの不利益になることもあれば、誰かの不利益が誰かの利益になることもある。要は切り取り方次第で形が変わる。
俺か俺以外かなどという定義は論ずるまでもないだろう。俺を定義した時点で俺以外も分割して定義されなければおかしい、人生哲学としては正しいと私は思うが、この世を2分する意味では誤っていると言わざるを得ない。
至極単純、そしてもっと明快に世の中の人間は2つに分けることが出来る。ここまで来ればどんなに愚かな人でもわかるだろう。
そうこの世を確実に分割するのは、
たけのこの里派ときのこの山派
である。
そして今、目の前に立つこの女性は私がタバコの火をつける前に小腹を満たすべく口にしているたけのこの里を見て火の着いたタバコ片手に言った。
「この世にたけのこの里を食べる愚か者がまだ存在していたのね」
この瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。
ここで否定しておきたいのは、私はきのこ派に対して自分の好みと違うからという理由で否定をするような器の小さな人間ではないということだ。私は確かに器の小さな人間ではあるが何もきのこの山を食べる人間を毛嫌いしている訳では無い。
しかしこのような、たけのこの里を食べる人間を馬鹿にする相手に対しては反論せざるを得ない。
なぜならば、たけのこの里はこの世でもっとも高尚な食べ物のひとつであり、それを食べる人間もまた高尚な人間であるからである。それを馬鹿にするきのこ派には教えてやらねばならない、このお菓子の高尚さ、そしてきのこの山を食べる自らの愚かさを。
とは言っても、彼女の一言がたけのこの里への愛を試すための嘘。つまり、ブラフである可能性も残されている。たけのこジョークにしては質が悪いと思うが、念の為確認せねばならない。
「ふっ、笑わせないでくださいよ。『きのこの山を食べる愚か者』の間違いですよね?」
「あら、たけのこの里を食べると耳まで悪くなるのね。やはり全国のコンビニからこんな低俗なお菓子は消し去った方が後世のためね。」
賽は投げられた。
「随分とよく回る口ですね、きのこの山を食べている人間は菌類のようにジメジメした場所で生きていると思っていたので喋り慣れてないと思っていましたが、そんなことも無いんですね。」
私はここでようやくタバコに火をつけていないことを思い出した。たけのこの里を1つ口に押し込み、クッキー生地の欠片を手から払った後、タバコを口にくわえ火をつける。
そして一息ついたあと、続ける。
「そもそもですよ?なんですかあの形状、取りにくいったらありゃしない、あのチョコの傘の部分が袋に引っかかって取りにくいんですよ。それに比べてたけのこの里の形状と言ったら美しい。自らで立つこともできないきのことは大違いですよ。」
彼女も口から煙を吐き反論する。
「自分で立つことになんの価値があるって言うのかしら。そうやって自立することに意味があるって顔した協調性のない子がたけのこの里を食べるのよね、可哀想に。きのこの山のチョコレートは二層構造になってるのよ?カカオ香るチョコレートとミルクチョコレートのハーモニーが理解できないなんて嘆かわしいわ。」
「二層構造はきのこの山の特権ではありませんよ?たけのこの里だって二層構造です。
きのこの山ってクラッカーにチョコを付けただけの商品じゃないですか、全国津々浦々のお菓子を見てとってもチョコとクラッカーの組み合わせよりチョコとクッキーの組み合わせの商品の方が確実に売れているのは火を見るより明らか、あんな珍妙な商品が勝てるわけないです」
ふっ、甘い。この程度の反論は、たけのこきのこ戦争で死線を幾度となくくぐり抜けてきた私にとってミルクチョコよりも甘い。
「ふっ、売れてる組み合わせね。それってつまりありきたりってことでしょう?オリジナリティの欠けらも無いあんな商品がオリジナリティ溢れるきのこの山に勝てるわけないわ。そもそも、きのこの山が売れなかったら姉妹商品の竹のなり損ないは生まれてないわけ、きのこたけのこ戦争だなんて言ってるけど。生まれの恩も忘れて牙をむくなんて恥ずかしくないのかしら」
「自分の妹分が自分よりも優秀だからちょっかいを出したい、そんな気持ちはわかりますよ?でも明らかに自分より人気がある相手に恥ずかしくないのなんて、よくもまあいけしゃあしゃあと言えますね。浅ましいです。そして言わせてもらいますけど、『きのこたけのこ戦争』ではありません。『たけのこきのこ戦争』です。」
両者沈黙。彼女にも私にも譲る気は微塵もない。息があったかのように煙を吐いた私たちは見合った。そして彼女は口を開いてこう言ったのだ、
「古来より、人と人とのぶつかり合いは勝負によって決着がついてきたわ。」
何を言おうとしているのかはわかる、
「そうですね、そして我々が今出来る勝負はただ1つ。そうですね?」
彼女は頷く。
「この勝負で負けた方が、このコンビニでそれを買う。もちろん自分と相手の分をね。それでいい?」
私も頷く。
風がぴゅうと吹いた気がした。気分は西部劇である。先程まで月を隠していた雲が風で流れ、決戦を照らす。
ごくり、唾を飲んだ。
「「最初はグー、ジャンケンっ!」」
刹那、私の頭には思い出が蘇る。きのこの山をチョコとクラッカーに分けて食べていたいじめっ子の山田、きのこの山のチョコの部分を舐めて食べていた佐々木、たけのこの里を好んで食べていた品行方正鈴木くん、私にポッキーをわけてくれた吉田ちゃん。
いや、今ポッキーは関係ない!
雑念が混じった、これはまずい。
焦りからか、虚空を掴み、握りこぶしとなった私の手。相対する彼女はそれを包み込むように、手のひらを開き、ありのままの形で出していた。
「私の勝ちね。」
その手は、指は、憎たらしいほどに綺麗だった。
コンビニにおいてきのこの山を購入することほど屈辱的なことはあっただろうか。いや、ない。私は会計を通したきのこの山を眺める。なんと憎たらしい見た目だろうか。
そんな私に彼女は言った。
「食べてみなさい、美味しいから。」
私は箱を開け、袋を開けてキノコをひとつ取り出す、傘が袋に引っかかった。少しだけイラッとしたが口に放り入れる。
カリッ、小気味よい音がした。
隣の彼女を見るとなんと嬉しそうに食べていることだろう。
「どう?美味しいでしょ?」
彼女は私に尋ねた。もうひとつ口に放り投げる。
「たけのこの里の方がやっぱり好きです。」
「素直じゃないのね。」
彼女は私に笑いかける。
なかなかどうして、きのこの山も悪くない。
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