価値ある6段目

「それで結局、じいさんの本はどうなるんだ?」

 昔語りが一区切りつき、再び本の行方が気になった俺は友人に問いなおした。

「ああ、そうだった、そうだったな……」

友人は頭を指で掻きながら笑っていた。

照れ隠しにも感じるその微笑みが、どこか名残惜しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。

それとも――。

いや、これ以上は止めておこう。他人の心境を探ることほど詮無きことはない。俺は友人ではないのだ。他の誰でもない俺なのだ。友人が友人そのものであるのと同じように。誰にも推し量れないのだ、心というやつは。それでも友人は、

「あれなら教会だよ」

 と、しっかり答えてくれた。それで俺は良しとするべきなのだ。探られたくない胸の内は誰の中にでもある。友人にも、俺にも。だから俺は何も気付かなかった振りをして会話を続けることにした。

「教会に?」

「ああ。教会の中で展示されてたよ。誰にでも見れるようにしてあった」

「でも本の中身、読めなかったんだろう。何でそんなもの展示する必要があるんだ?   しかも教会で」

 価値ある内容であればそれも分かるものだが、じいさんの本の場合そもそも読める代物ではないのだ。つまりは――いらなくねってことを遠回しに言っているのだ。

「まあ、そうなんだけど、な」

 俺の意図が分かったらしく、歯切れ悪くはあったが友人は肯定した。しかし、

「ただな――」

 と補足が入った。

「ただ、確かにあの本は書物としての機能は果たしていないんだけど、だからといって価値がなかったわけじゃないんだ」

「あぁ?」

 友人の言っている意味が分からなく、思わず柄の悪い態度を取ってしまった。咳払いを一つして気を取りなおす。

「それでどういう意味だ、それ」

「ああ。確かにミミズみたいな字でとても読めたものじゃない。けれどな、その本、というか字? を眺めていると奇妙な感覚に陥るんだよ。だからな。えーと、言葉にするのが難しいな。んーと、なんだかこう――神々しいんだよ」

「神々しい?」

 俺は首を傾げる。それを見て友人は、

「そうだよなー。自分で話してても分からない。何て言えばいいんだろうな、ああいうのは」

 苦笑しつつ友人はそう言ってのけるのだった。

「おいおい、しっかりしてくれよ。見てもいない俺が分かるわけないだろ」

「いやー、全くその通り。でもな、本当にアレは実際に見た者にしか分からない感覚だと思う。敢えて言葉にするなら、思わず跪いてしまうような、神聖な何かと接している時のような感覚っていうのかな。うーん、ちょっと違うか。とにかく見れば分かるさ」

 そう言って、快活に笑う友人だった。

じいさんの本の謎はますます深まるばかりだ。本の詳細を知ろうとすればするほど正体が掴めなくなってくる。雲を掴むようなものだ。分かったことといえばミミズみたいな字で本としては意味を為していないこと、そして友人が笑い終わった後にぽろりと呟いた、

「でも間違いなく、あの本はじいさんの魂が込められているよ」

 ということだけだった。

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