しき

 冷たい風に吹かれた桜が舞い落ちるよりも早く、今年は早足で夏がやってきた。薄ら汗ばむような太陽の元、まだ酷暑でもなくちょうどいいと形容するに相応しい夏日なのだ。


少し早歩きをしてみたくなった。


 顔を出しはじめた青い香り、遠くに混ざるアスファルトの匂い、一層激しく唸る車の臭気も、何もかもが混ざり合って、それでいて混ざりきらず五感で私に季節を教えてくれる。


もっと早く歩こうか。


 髪がなびく。さらに混ざり合った季節の音が、匂いが、光が私を通り過ぎていく。


止まらなくなった、止められなくなった。私は駆け出した。


 ビュンビュンと音を立てて景色が後ろへと引っ張られる。私だけが前進するのだ。車も草木も街灯も、どんどん後ろへ流れていく。止まらない。私が風を起こすのだ。


 太陽が少し傾くと木々は紅く燃え上がり、また涼しげな風が吹く。紅い手のひらが木々から離れると、ゆらゆらと別れを告げるよう手を振りながらゆっくりと地についた。私が歩を進めるたびに大自然の絨毯がシャキシャキと音を立てる。


息が上がってしまい、またゆっくりと歩くことにした。


 ふぅ、とため息をつくと白息が静寂に飲み込まれる。顔を上げると太陽はすっかり顔を隠し、真っ白な世界が広がっていた。


ギュッギュッ、新雪を踏む。セコイアの並木を歩く、どんどん足が埋まっていく、疲れてしまった。少しだけ横になってみようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る