今日も陽が昇る。姦しいアラームの音色が陽の光を見る前から現在の時刻を知らせてくれる。ポストに投函された新聞紙は政権批判と芸能ニュースばかりだ。毎日が退屈でどこにいても変わらず息苦しい。言い知れぬ不快感と苛立ちが不明瞭なまま毎日を覆っている。そんなモヤのかかったいつも通り、その朝のルーティンを終えると家を出る。


 救急車が止まっていた。その周りには多くの人だかり。倒れていたのは若い男の子だった。今まさに車内に運び込まれようとするその瞬間まで誰一人として動かなかった。足の裏に根っこでも生えているかのように、ただそこに居てじっと男の子の方を見つめていた。そうして、救急車が動き出すと彼らもまたそれぞれ散り散りに動き出した。


 パトカーが止まっていた。変わらず多くの人だかりがいた。何やら皆上を見上げている。けたたましいサイレンが人混みを散らし次々と多様な車両が集まる。ある人は車両にレンズを向けた。またある人は上空にレンズを向けた。目線の先には女の子がいた。若い女の子がマンションの屋上のふちに立っていた。ただ見つめることしかできなかった。あらゆる感情が全身を駆け巡り激しい衝動に襲われたが、それでも動かずただ上を見上げていた。人々はそうではなかった。この異様な空間の中、自身の、まさにその目で彼女を見つめているのは私しかいなかった。彼らはファインダーを通して、液晶を通して彼女を見つめていた。気色の悪い笑みを浮かべて、非日常を楽しんでいた。彼女はその悪意の中へ飛び込んだ。

 そうして彼女は画面の中の人となった。息絶えてもなお、画面の中に映り続けた。人々はしばらくすると飽きたようにだんだんとその場を去っていった。


 駅についた。ホームの先頭で電車を待っていた。通過列車のアナウンスが鳴る。その瞬間、私は宙にいた。誰かに突き飛ばされた。時間が永遠に引き延ばされる。ホームにいる人々、驚きの表情、そして何かを期待するかのような笑み。その全てが私の眼中に収まった。悪意の空間の中に今度は私が飛び込んだ。強い衝撃が背中を襲う。姦しい警笛の音色が朦朧とした意識の中でこれから起こりうる事態を教えてくれた。

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