初恋

 春を告げる雨が降って、窓がぐっと曇りはじめる。しとしと降る雨と高い湿度に嫌気がさしてソファに寝っ転がってみるけれどいつになくそわそわしてしまって外の映らない窓硝子に君の名前を書いてみる。文字越しに見える景色はもう夕方でゆらゆら揺れる木が僕を部屋の外へと誘っているように思えた。

 あの子の元へ行くべきだろうか、一人の部屋でそう呟くと雨がサーッて答える。迷惑じゃないだろうか、驚かれたりしないか、そもそも家なんて知らなかった、何を思っても雨はサーッとしか言わない。日がどんどん傾いて、夜が駆け足でやってくる。僕はなんとなくだけれど暗闇から逃げるように部屋を飛び出して傘もささずに駅へと向かった。東寺町…あの子の最寄り駅までの切符、片道分しか買えなかった。空っぽの財布をポケットにしまい込んで駅のホームのベンチに腰掛ける。草臥れた駅舎の照明がちらちらと僕の影をくり抜いてブーンと不思議な音を立てている。

 少し眠くなってきたな…頭がカクンと落っこちると同時くらい、踏切がカンカンと叫び出し電車が到着する。一気に目が覚めて心拍数が上がる。思わず立ち上がり、まだ停車していない電車の横を少し歩く。ドアが開き飛び乗るとお客さんも疎らな電車はギシギシ重たそうに動き出す。椅子には座らずドアのガラスを眺めてみるとやっぱり曇ってて、外は何にも見えなかった。ドアにもたれかかるとなんだか眠くなってきた…。


 ——寺町、寺町です…。

そのアナウンスで少し意識がはっきりする。あと一駅で君の住む町。会って何を話そうか。会って何を伝えようか。電車はすぐに停車し、乗車したものよりももっとぼろっちい駅舎に着いた。気がつけば雨は雪に変わっていて、頭の上に少しづつ積もっていく。切符をポケットに押し込むと入場用の改札しかないゲートを通り近くの公園のベンチに座る。


 街灯はたくさんの影を落としていったが君の姿は見つけられなかった。足跡のない綺麗な新雪に囲まれた僕は一歩も動けないまま終電まで駅のゲートを見つめていた——。


 このまま眠ろう。君に会って何を伝えようか。何を話そうか。このまま眠ろう。朝が来るまで。次は良い夢が見られるように。きっと全てが幻で、きっと君すら嘘なんだ。出会わなければよかった。出会えなければよかった。全てを後悔して、涙か雪かも分からず、顔を濡らしてこのまま眠ろう。


 おやすみ、悪い夢。

きっと明日は晴れるだろう。

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