第13話縁談

「深雪殿、どうです。

 これで私も武士ですよ」


「これはおめでとうございます。

 その姿は、町奉行所の同心ですか」


「ええ、年番方物書同心の見習いとなりました。

 これで間違いなく酒田家を継げる事になりました。

 安心して嫁いで来てください」


「え?

 猪四郎様はなにを言っておられるのですか?

 私は結婚する気はありませんよ。

 私は大奥に奉公して、家の助けになるつもりです」


「だったら私と結婚しましょう。

 深雪殿の実家は百俵取の御家人でしたよね。

 だったら尚更和泉屋との繋がりを深くした方がいいのではありませんか?」


 全く考えもしていなかった猪四郎の言葉に、深雪は不意を突かれて慌てていた。

 普段の沈着冷静な深雪とは全く違った姿に、猪四郎はドキドキしていた。

 初々しく恥ずかしげな姿に興奮していた。

 だがそれを邪魔する者がいた。

 誰あろう、年下の叔母きよだった。


「そうはいきませんよ、猪四郎さん。

 深雪殿は私の大切な用心棒ですよ。

 それを横から来て奪うなど、絶対に許しません。

 あまりの横暴な事をすると、お父様に言いつけますよ。

 その覚悟のあっての事ですか?」


 きよは本気で怒っていた。

 きよは心底深雪の事が気に入っており、大奥にやらずにずっと側近くに仕えて欲しいと願っていた。

 その為には、父親を利用して年上の甥と戦う事も辞さない覚悟だった。

 

 一方深雪も困っていた。

 猪四郎との結婚話は論外だが、大奥に行かず、そのままきよの用心棒で一生を終えても構わない気になっていた。

 三度の食事は十分満足できる美味しさと量だった。

 用心棒代も、相場通り三日で一両ももらえた。

 ひと月で十両の大金となり、年間百二十両もの収入になる。


 実家の百俵は現金に直すと三十五両から四十両だ、少なく見積もっても三倍もあるのに、槍持ちも中間も下男も下女の雇わなくていい。

 四年も用心棒を続ければ、家の借財を完全に返済する事が可能だ。

 だがその為には、この仕事をふいにする事はできない。

 和泉屋喜平次の機嫌を損なう訳にはいかず、猪四郎ときよの両方と上手くやる必要があった。


「きよ殿。

 私はずっときよ殿の用心棒をしたいと思っています。

 ですがそのためには、和泉屋殿の許しが必要です。

 その許しを得てもらえますか。

 猪四郎殿。

 私はずっときよ殿用心棒をしたいのです。

 婚約を解消してまで、家の借財を返済しようとしたのです。

 それを無理矢理嫁にしたいというのなら、それだけの条件を出して下さい。

 実家の父と母が認めるだけの条件を出して下さい。

 そうでなければ結婚する事はできません」

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