第12話鍛錬
深雪の一日はとても暇だった。
暇というのは弊害があるが、特にやることがない。
用心棒という役目柄、護衛対象のきよから離れるわけにはいかない。
庭の薬草園を手入れをするときも、小石川療養所に出かける時も、常に何時でも盾になれる場所にいる必要がある。
だが実力を維持するには、常に鍛錬しておく必要がある。
そういう意味では、最悪の状態である。
道場のように稽古相手がいない。
鯉を狩るように緊張感のある鍛錬ができない。
だが根岸の寮が菜園を作れるくらい広かったので多少は助かった。
深雪は自分が知る最強の使い手、秋月龍造先生と対しているつもりで素振りした。
いや、素振りではない。
見えない強敵を相手に戦う事を想定した稽古を繰り返した。
それは得意の薙刀だけに限らなかった。
深雪は鎖鎌の名手でもあったのだ。
鎖鎌は武士が表芸にするには認知度が低い。
実戦では鉄砲、弓、槍、刀の順で、普通は刀を使う前に勝負は来まる。
だが武士の表芸は刀と相場は決まったいた。
しかし非力な女が男に勝つには同じ刀では不利だ。
非力を補いつつ、表芸にできるのが薙刀だった。
鎖鎌は表芸にはできないが、刀を持つ男と戦うには有利な武器だった。
深雪が鎖鎌の鍛錬を始めると、座敷で蘭学の本を写本していたきよが珍しそうに見学を始めた。
深雪も直ぐに気がついたが、止める事でもないので鍛錬を続けた。
この時の相手も、秋月龍造先生を想定した。
勝てないまでも、時間を稼ぎきよを逃がすための想定鍛錬だ。
時には複数の相手を想定して鍛錬に励む。
秋月龍造先生だけを相手にしていては、他の襲撃者のきよが殺されたり拉致されたりしてしまうので、秋月龍造先生を牽制しつつ、弱い敵から無力化する鍛錬だ。
その時には礫も使った。
教えてくれた秋月龍造先生には知られた技だが、初見の相手には特に有効だ。
それを初めて見たきよは眼を見張った。
薙刀と礫の組み合わせ。
鎖鎌と礫の組み合わせ。
どれも複数の敵を相手にするにはとても有効だった。
「ふぅぅぅぅ」
「素敵です。
本当にとても素敵です。
深雪様がような技まで会得しておられるとは思いもしませんでした」
「これは和泉屋喜平次殿にも黙っていてください。
きよ殿を護るための隠し玉です。
誰かに知られると、どこから漏れるか分かりませんから」
「ええ、ええ、分かっています。
二人の秘密ですね」
きよはとても興奮していた。
深雪の鍛錬姿があまりにも凛々しく美しかったからだ。
特殊な趣味があるわけではないが、それでも見惚れてしまうほど美しかった。
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