第11話貸家

 猪四郎の養子話が決まった。

 南町奉行所の同心、酒田祐次郎の養子となる事が決まったのだ。

 だが油断はできない。

 養子に入った子供を虐待して追い出し、持参金だけ奪う事がよくあったのだ。

 だがら五割増しで直養子の契約があるのだ。


 だが和泉屋喜平次は無駄金を使うような人間ではない。

 武士が最も金銭的に困窮する暮れに、札旦那の南町奉行所同心に狙いを絞って、粘り強く交渉したのだ。

 支払う現金を少なくして、貸金で相殺しようとしたのだ。

 閑職で余得の全くない酒田祐次郎は、二百両と息子に大家株を与える条件で、泣く泣く同心株を売ることにした。


 喜平次が何故南町奉行所にこだわったのかといえば、拝領屋敷の広さだった。

 幕府では南町奉行所の方が北町奉行所よりも上席としていた。

 だから配下の同心が貸し与えられる屋敷も、南町奉行所が平均百三十坪なのに、北町奉行所は百坪だった。

 喜平次の計画では、三十坪の差はとても大きかったのだ。


 酒田祐次郎は金がなかったので、拝領屋敷に長屋を建てず、屋敷全体を一括で貸して、自分たちは与力屋敷内にある借家を借りていたのだ。

 ここが不浄役人といわれる町奉行所の与力同心のいい所だった。

 屋敷が武家地ではなく町地にあるため、借家を建てる事が黙認されていた。

 喜平次は酒田家の屋敷を取り戻し、猪四郎のために長屋を建てたのだ。


 横二間縦七間半の表店を二軒、月の家賃は金三分×二軒で金六分

 横九尺縦二間半の裏長屋が八軒、月の家賃は銀七匁×八軒で銀五十六匁

 横九尺縦二間の裏長屋が八軒、月の家賃は銀五匁×八軒で銀四十匁

 金換算で二両三分もある。

 新築で同心屋敷の前で安心できるので、家賃を高く設定できるのだ。

 一方建築費は九十両だから、三年経てば全額返済して九両の利益が出る。

 余得のない同心の年収が金換算で十六両しかないから、年収三十三両、閏年なら三十五両三分になる。

 これほど美味しい投資はない。


 だがこれだけではない。

 喜平次は酒田を信じていない。

 武士自体を全く信じていない。

 無駄金を使わず、猪四郎の立場を確固たるものにしたかった。

 猪四郎の安全を確保したかった。

 だから猪四郎を無足見習い同心として町奉行所に出仕させたのだ。

 扶持を払わなくてすむから、奉行所は費用なしで増員できる。

 猪四郎は跡継ぎの座を確保できる。

 猪四郎の立てた計画からも、出仕している方が都合がよかった。


「町奉行所与力の役格」

 本勤並  :年金二十両

 見習い  :年銀十枚(約七両)

 無足見習い:無給

「町奉行所同心の役格」

 年寄

 増年寄役

 年寄並

 物書役

 物書役格

 添物書役

 添物書役格

 本勤   :本採用

 本勤並  :

 見習い  :

 無足見習い:無給


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る