第8話長沼修四郎
長沼修四郎は三十を少し超える男盛りだった。
ある藩の微禄の家に次男として生まれ、念流を学び武芸者として生きていた。
部屋住みとして一生飼い殺しにされるよりはいい生活だったが、決して楽な生活ではない。
常に腕を磨かなければいけないし、武芸者としての仕事がなければ、日雇い仕事をして糊口をしのがねばならない。
だからどうしても肩肘張って生きてきた。
少しでも舐められないように、孤狼のようにして生きてきた。
ようやく和泉屋喜平次の用心棒という割のいい仕事が回ってきたのだ。
誰にも奪われたくないと、いきり立っていた。
「なんだと?!
俺に女の相手をしろというのか?!
俺を舐めているのか?!」
「長沼先生。
家に来たからには、家のやり方を学んでいただきますよ。
自分の目先の利益で、家の安全を脅かすようなら、やめてもらいますよ」
「待ってくれ!
すまん、俺が悪かった。
この通りだ。
この通り謝る。
だから首にしないでくれ」
「長沼先生が苦しい生活をされてきて、ひとつの仕事を争ってこられたのは分かっていますから、この件だけで首にしたりはしません。
ですが私を舐めてもらっては困ります。
信用ができて腕が立つ方なら、何人何十人でも雇わせてもらいます。
これからも新しい用心棒の方が来られます。
今後も喧嘩を売られるのなら、やめてもらいますよ」
「分かった、分かったから首にしないでくれ。
この通りだ」
「分かりました。
それともうひとつ、こちらの沢田先生は、秋月道場から紹介状をいただいた、娘の護衛を頼む予定の方です。
万が一長沼先生が負けるような事がありましても、長沼先生に辞めていただくような事はありません。
その事を理解して行動していただきますよ」
「分かった、分かったからそう睨まないでくれ」
ひと悶着はあったが、無事に腕試しが始まった。
想定としては、部屋でくつろいでいる和泉屋喜平次を刺客が襲うというものだ。
上座に和泉屋喜平次が座り、その前に四人の護衛がいて、更にその前に深雪がいて、庭から長沼修四郎が襲いかかる。
勝負は実にあっけないものだった。
薙刀の柄を自由自在に持ち替える深雪は、天井や柱を傷つけることなく、一撃で長沼修四郎を打ち据えてしまった。
「もう一度、もう一度やらせてくれ!」
あまりの不甲斐なさに危機感を覚えた長沼修四郎は、二度三度と深雪に勝負を挑んだが、全く相手にならなかった。
しかもただ勝つだけではなく、庭からの弓射を想定し、常に和泉屋喜平次をかばう位置から動かないのだ。
「見事です、沢田先生。
これなら安心して娘を任せられます。
長沼先生も気落ちしないでください。
長沼先生の腕も私がこの眼で確かめたのです。
これからも用心棒として働いてもらいますよ」
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