第7話和泉屋喜平次
「手前が和泉屋の主人、喜平次でございます。
何卒宜しくお願い致します」
「いや、丁寧な挨拶痛み入る。
こちらこそ宜しく頼む」
和泉屋喜平次の見た目は普通の男だった。
体格は中肉中背。
顔つきも美男子でもなければ醜男でもない。
だがその眼は鋭かった。
顔は笑顔を浮かべ、眼も笑ってるのだが、その奥には深雪の本性を見極めようとする鋭さがあった。
それも当然だろう。
札差の中でも底辺にあった和泉屋を、一代で江戸一番の札差にした辣腕家だ。
貸していい相手か回収しなければならない相手か、その点を見極める眼力の確かさが、和泉屋を躍進させたのだから。
その喜平次が深雪を見極めようとしているのだから、見られる深雪も真剣勝負をしている気になる。
いくら金を持っているとはいえ、たかが商人相手と考えていた深雪も、急に真剣になった喜平次を睨み返した。
側に控えている手代四人も身体中に力がこもる。
何かあれば深雪を殺すためだ。
勝てないまでも盾となって喜平次を逃がすためだ。
この四人の手代は、商売のための人間ではない。
何かと命を狙われる喜平次を護る者たちだ。
「いや、試させてもらって申し訳ない。
大切な娘を護ってもらう護衛なのでね、ついつい本気になってしまったのですよ」
「いえ、当然の事です。
安くない金で腕を買ってもらうのです。
幾らでも試してください」
「ならばお言葉に甘えさせてもらいますよ?」
「結構です」
「武芸には疎いモノで、少し疑問があるのですよ。
戦場では長い槍が有利だとは聞いていますが、部屋の中では長い刀は天井や柱に当たって不利なので、脇差を使うと聞いているのですよ」
喜平次はちらりと深雪が横に置いている薙刀に視線をやった。
「その疑問には実際に戦ってお答えしましょう。
適当な相手に襲わせてください」
「じゃあお言葉に甘えさせていただきますよ。
寅蔵、長沼先生に来てもらってくれ」
「はい」
「この四人が試してくれるのではないのですか?
並の武士など足元にも及ばない手練れにお見受けしますが?」
「この四人が叩き伏せられてしまうと、私の護衛をしてくれる者がいなくなってしまいますからね」
喜平次は満足そうに笑っていた。
その場に残った三人の護衛も、表情こそ変えないがどこか嬉しそうだった。
誰だって美人に自分の誇りを褒められたらうれしいモノだ。
大道場から用心棒に推薦されるような武芸者から武士よりも強いと言われ、主人からも用心棒の武士よりも信用信頼していると言われれば、心の中で喜びを感じるのは当然だ。
「私に腕試してして欲しいという事だが、それはどこのどいつだ?」
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