第2話期待
「槍一郎先生、許嫁に婚約解消を伝えてきました。
どうか、大奥への推挙をお願いします」
「残念だが、我が家には推挙するほどの力はない。
推挙するほどの力がある大名家や旗本には、多くの願いが届いていると聞く。
当然それには礼金が必要になる。
深雪にも沢田家にもそのような金はなかろう?」
「……はい」
「だが婚約を解消するまで追い込まれている深雪を見捨てるわけにもいかん」
深雪は内心期待した。
それに自分の実力にもある程度の自負があった。
師範代にしてもらえれば、それなりの収入を確保できる。
今は道場の手伝いをする代償に、練習着と三度の食事を支給されるだけだが、自分が稼げれば家の借金返済の足しになる。
三度の食事が支給されるだけとはいっても、深雪の沢田家には馬鹿にならない。
幕府でも底辺に近い沢田家が支給される扶持は、七年八年前の古米だ。
軍事政権である幕府にとって、米は給料であると同時に兵糧なのだ。
新米を支給するなどもってのほかなのだ。
だが、支給される御家人はたまったものではない。
蔵に七年も置かれた古米など、鼠の糞尿まみれで異臭を放っている。
炊いても臭いは残るし黄色いし不味いのだ。
しかも沢田家は代々の借財が積み重なり、年収の十倍、千俵分の借財がある。
とてもまともな食事ができる状態ではない。
一日に朝夕の二食で、朝は玄米飯に漬物と味噌汁、夕には朝の残りに野菜の煮つけがつくだけなのだ。
魚が食べられるのは月に一度程度でしかない。
一方道場の賄が食べられる深雪は、朝昼晩の三度の食事が食べられる。
朝は玄米飯に漬物と味噌汁に小魚の煮つけがつく。
昼は玄米飯に漬物と味噌汁に雑魚の塩焼きがつく。
晩は玄米飯に漬物と味噌汁に干小魚と野菜の煮物がつく。
三度とも魚が食べられるなど、沢田家では考えられない事だ。
しかも御飯のお替りが自由なのだから、最初深雪が家族に申し訳ないと思ったのも当然だろう。
秋月槍術道場は門弟への待遇が特別厚い。
その分秋月家の内職の手伝いをしなければいけないが、槍術が学べて腹一杯ご飯が食べられるのだから、貧乏御家人や牢人には人気の道場なのだ。
しかも珍しく深雪のような女も弟子にしてくれる。
「男女七歳にして席を同じゅうせず」の世の中だ。
道場内の男女問題を恐れて、女性の入門を断るのが普通なのだ。
だから秋月道場にはある程度の数の女性門弟がいる。
皆家中で奥の女武芸者として役に就くことを望んでいるのだ。
そんな女性門弟の中では一番強いと、深雪は自負していた。
だからその女性門弟を教える師範代になれるのではないかと、深雪は内心期待していたのだ。
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