許嫁に婚約解消を告げた女武芸者は富豪同心の用心棒になる。

克全

第1話婚約解消

「宗治郎様、単刀直入に申し上げます。

 私との婚約を解消してください」


「いきなり何を言いだすんだ、深雪殿。

 私たちは親同士が決めた許嫁ではないか。

 それに私は深雪殿を愛している。

 深雪殿も私を愛してくれていたのではないのか?」


「確かに宗治郎様と私は親同士が決めた許嫁です。

 私も宗治郎様と結婚するつもりでした。

 ですが駄目なのです。

 恥を忍んで正直に申しますが、持参金がないのです。

 嫁入り道具を用意できないのです」


「そんな事は気にする事じゃない。

 同じ百俵取りの御家人じゃないか。

 貧乏なのは分かっている。

 身一つで嫁いできてくれればいい」


「そうはいきません。

 宗治郎様の佐々家も、持参金を当てにしているのではありませんか?

 持参金を札差の借入返済に充てる予定ではないのですか?

 町方から嫁を迎えれば、多くの持参金が見込めるのではありませんか?」


「それは……」


「持参金も嫁入り道具も用意できないのでは、私も肩身が狭すぎます。

 それくらいなら、尼になった方がましです。

 いえ、吉原に身を売って、家の借財を清算した方が両家のためです」


「駄目だ!

 幾ら何でも吉原に身を売るなんて駄目だ!」


「大丈夫です。

 ようやく別の方法を思いつきましたから。

 私が得意な薙刀を生かして、武芸者として生きていく道です。

 そのためには、宗治郎様と結婚するわけにはいかないのです。

 私のため、沢田家のため、ここは笑って婚約を解消してください」


「……深雪殿」


 百俵取り御家人の長女・沢田深雪は、決意を込めた顔をあげて、許嫁に別れを告げた佐々家の屋敷を後にした。

 今から更に重要な話をしなければいけないのだ。

 師匠の秋月槍次郎先生にこれからの事を相談するのだ。


 深雪自身がどれほど努力しても、女が武芸者として食べていくのは難しい。

 確かに各大名家の奥には、奥方や姫を護る女武芸者がいる。

 だが今は太平の世だ、そこそこの腕があればいい。

 厳しい勝手向きを無視して新規召し抱えするよりは、家中の娘を取立てる。

 その方が家臣の励みにもなる。

 深雪が入り込める余地はなかった。


 深雪が一番願っていたのは、大奥に上がることだった。

 将軍の寵愛を受けたいなどと思っていたわけではない。

 一生奉公したわけでもない。

 深雪はお目見え以下の御家人の娘でも就ける、火之番となりたかったのだ。

 火之番になれれば、同心に匹敵する扶持をいただけるのだ。


「大奥役職と給与・お目見え以上」

御年寄 :切米五〇石・合力金六〇両・一〇人扶持。

御客会釈:切米二五石・合力金四〇両・五人扶持

中年寄 :切米二〇石・合力金四〇両・四人扶持

御中臈 :切米一二石・合力金四〇両・四人扶持

御錠口 :切米二〇石・合力金三〇両・五人扶持

御表使 :切米一二石・合力金三〇両・三人扶持

御祐筆 :切米八石 ・合力金二五両・三人扶持

御次  :切米八石 ・合力金二五両・三人扶持

御切手書:切米八石 ・合力金二〇両・二人扶持

御伽坊主:切米八石 ・合力金二〇両・三人扶持

呉服之間:切米八石 ・合力金二〇両・三人扶持

御広座敷:切米五石 ・合力金一五両・二人扶持

「大奥役職と給与・お目見え以下」

御三之間:切米五石 ・合力金一五両・二人扶持

御仲居 :切米五石 ・合力金七両 ・二人扶持

火之番 :切米五石 ・合力金七両 ・二人扶持

御茶之間:切米四石 ・合力金七両 ・二人扶持

御使番 :切米四石 ・合力金四両 ・一人扶持

御半下 :切米四石 ・合力金二両 ・一人扶持

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る