感謝


「「……」」


 プールの水に浸かりながら僕達、二人は呆気に取られていた。

 というのも、目の前の光景が原因だった。


「……」


 ものすごい勢いで水をかき分け、泳いでいる桐谷さん。

 僕達だけでなく、周りのお客さんや係員の人の注目すら集めている。


 まるでアスリートかってくらいの機敏の泳ぎだもんな……

さっきから端については、戻ってきての繰り返し。何度も何度も往復している。

ものすごい体力だな……

 まぁ桐谷さんならそれくらいできて、当然だと思うが。

 しかし、あんな動いて水着は大丈夫なのだろうか……

 うっかり、ヒモが取れてしまうなんてことになれば……


 僕はその場面を想像してしまい、たまらず顔が赤くなっていくのが分かった。


「どうしたの?」


 そんな僕を見て、横にいる倉田さんが首を傾げた。


「い、いや、なんでもない。それより、僕達は練習しよう」


「ええ、そうね」


 僕達は再び大人用のプールへと入り、クロールの練習をしていた。

 倉田さんも飲み込みが早いので、だいぶ形にはなっていた。

 何故、先ほど、バタバタしてしまったのか、謎なくらいだった。

 本人に聞けば、力が入りすぎたせいだと言っていたが、まさにその通りだと思った。


「泳ぐのって気持ちがいいのね」


 スィーと優雅に周りを泳いでいた倉田さんがそう言った。


「でしょ?特に今日みたいに人がいないと開放感があって、最高だよね」


「ええ。父に感謝しないとね」


「……」


 その言葉を聞いて、僕は黙り込んでしまった。

 感謝か……


 僕達が一緒に暮らすことになったのも、倉田さんの許婚問題も全て、あのお父さんが原因なんだ。

 そして、僕自身に倉田さんに対してのタイムリミットを課したのも。

 にも、関わらず、倉田さんは感謝すると言っている。

 どれだけ、心が広いのだろうか。

 それが僕には理解できなかった。


「何か考え事?」


 すると、倉田さんがすぐ隣まで寄ってきて、そう聞いてきた。


「え、ああ、うん。いや、別に……」


 僕は心配をかけまいと、素っ気なく返事をする。

 そんな僕を見て、倉田さんはそっと手を握ってきた。


「あなたの気持ちはわかるわ。父に感謝なんてって思うわよね。でも、私はこのチケットを貰えたおかげで泳げるようになった。泳ぐのが楽しいって思えるようになった。だから、少なくともそのことについては感謝すべきだと思うわ」


「倉田さん……」


 僕の考えなんてお見通しなんだな。

 たまらず、苦笑を浮かべてしまう。

 しかし、倉田さんの言っていることはその通りだった。

 確かに、ここに来なければ、倉田さんのあんな楽しそうな笑顔を見ることもなかった。

 あと、水着姿も……


 確かにそのことには感謝すべきだと思える。

 お父さんがどんな思惑でこのチケットを渡してきたのかは、わからないが、少なくとも、今、この時を全力で楽しもうと僕は心の中で誓うのだった。

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