ヒット
掴みながらではあるが、さすがというべきか、早くもバタ足はマスターできたので次はクロールを教えることにする。
「クロールは肘を直角に上げるのが基本なんだ。そして、水中にいる間に空気を吐いておいて、顔を上げた瞬間に息継ぎをする」
浅めのプールから上がり、今度は水深が150cmほどある大人用のプールに移動した後、動きを交えながら倉田さんにそう説明する。
「で、できるかしら……」
倉田さんは緊張しているのか、胸を右手で抑えるように触った。
「……!」
その仕草に僕はドキッとして、赤くなった顔を隠すように、勢いよくどぼんとプールに飛び込んだ。
人が少なくて、よかった。
多かったから、確実に迷惑になる入り方だったと思う。しかし、今回は許してほしい。
何故なら、倉田さんの不意打ちの行動で僕の胸はドキドキしっぱなしだからだ。
倉田さん自身は自分の仕草が、どれほどやばいかわかっていないようだけれど……
「ま、まずは僕が泳いでみるから見よう見まねで覚えてみて」
「わ、わかった……」
倉田さんの返事を背に聞きながら、僕は深呼吸をしたあと、水中に潜った。
そして、流すように軽くクロールで泳いでみる。
プールは全長50mあり、さすがにそれを全部泳ぐのはしんどいので10mほど進んだ後、一度止まり、反転し、再びクロールをしながら倉田さんのいるところまで戻った。
「まぁ、こんな感じかな」
少し息を荒げながら、水分を飛ばすように髪をかきあげる。
久々に泳いだから、かなり気持ちいいな。
おまけに人もいないから、ゆっくり泳げる。
「……」
しかし、そんな僕とは対象的に果たして自分に今の泳ぎができるのか?
そんな表情で倉田さんは立ったまま、固まっていた。
「難しく考えないで、まずはやってみようよ」
その表情に苦笑しつつ、僕はそう促した。
そして、緊張した面持ちで倉田さんは覚悟を決めたように水の中に潜り、クロールを始めた。
が、緊張し過ぎた結果、手足はバシャバシャと動くだけで全然クロールの格好に見えず、むしろ溺れているようにしか見えなかった。
「す、ストップ、ストップ!!」
慌てて倉田さんに制止の言葉を投げかけるが、聞こえていないようで尚も必死に手足を動かしていた。
このままではまずいと考えた僕は水中に潜り、水中で手をクロスさせ、×マークを作る。
だが、肝心の倉田さんは目を瞑っており、僕のジェスチャーが見えるはずもなかった。
そして、バシャバシャと盛大に動かしている倉田さんの手がまさかの僕の顎にヒット。
「ぐっ……」
苦痛の言葉を水中で口の中の空気と共に吐き出しながら、僕はそのまま、意識を失っていくのだった。
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