泳ぎ

「って、あれ?桐谷さんは?」


 てっきり倉田さんと一緒に出てくると思ったのに。

 周りをキョロキョロと確認してみるが、桐谷さんの姿はなかった。


「心の準備がいるから、先に遊んでてくれって言ってたわよ」


「こ、心の準備?」


 なんだそれ……?

 もしかして、プールが苦手とか?

 ということは、泳げない?

 まさか、あの桐谷さんに限って、それはないだろうとは思うが……

 一体、何の準備がいるのだろうか。


「それより、私達は遊びましょうよ。時間が勿体ないわ」


 そう言って、先に進む倉田さん。

 って、お、おおお……

 う、後ろ姿もやばいな……

 直視できないよ……


 僕は赤くなった顔を引きづりながら、倉田さんの後へと続く。


 しかし、家を出るまであまり乗り気ではないように見えたけど、こうやって先に進む辺り、倉田さんもここに来るのを楽しみにしてたのかな。それならそれで良かったけど。


「大きいわね……」


「え……?」


 僕がそんなことを考えていると、倉田さんがそう呟いたので、僕は顔を上げた。

 そこにはウォータースライダーがあった。が、かなりでかい。上に上がるのも大変そうだ。


「行ってみる?」


「え、あ、そうだね……」


 まぁ人もほとんどいないから、すぐに乗れそうだし、断る理由もないしな。

 というわけで、僕達はウォータースライダーの頂上へと向かった。

 頂上には係員の方がおり、ウォータースライダーの入り口にはビニールの乗り物があった。


「じゃあ、彼氏さんが前で彼女さんが後ろに座りましょうか」


「え、いや、彼氏じゃ……」


 彼氏じゃない。そう言おうとした時だった。


「痛……!?」


 倉田さんが後ろから小突いてきた。

 顔をしかめながら、倉田さんの方に向くと、威圧的な笑顔だった。

 怖い、冷たい。全然目が笑ってない。


 外では彼氏として振る舞え。そう言っているように見えた。


 僕は無言で正面に顔を戻すと、そのまま乗り物に座った。


「それじゃあ楽しんでー」


 係員さんのその言葉と同時に乗り気がスタートした。


「うお……!?」


 スタートしてすぐに流れる勢いがすごく僕は思わず、声を出してしまった。


「……」


 そんな中、後ろに座り、倉田さんがいきなり抱きついてきたので、僕はその感触に目を見開いてしまった。


 な、なんか柔らかいものが背中に……!

 というか、なんかもう全体が柔らかいんだけど……

 こ、これはどうすればいいんだ……?!


 僕はすっかり硬直してしまった身体のまま、ただ流れに身を任せ、そのままウォータースライダーは終わりを迎えるのだった。

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