気持ち
「どうぞ」
部屋に入り、お母さんにはテーブルイスに座ってもらい、僕はカップに紅茶を淹れ、それをお母さんの座っているテーブルイスの前に置く。
「ありがとう。あら、紅茶なのね。それに私の一番好きな銘柄……」
紅茶の入ったカップを見ながら、お母さんはそう言った。
「……」
この紅茶は倉田さんが来客用にと買っておいてくれたものだった。
まさか、お母さんが来ることを見越して、これを買ったのだろうか……?
倉田さんなら、十分あり得る話だと思う。
「あの、少しお聞きしたいんですけど……」
僕はお母さんに向かい合う形でイスに座った。
「ええ、何かしら?」
「僕と明里さんがどういう関係かってご存知ですか?」
「それは、あなた達が恋人同士ということ?それとも、それが偽りの関係だってこと?」
やっぱり知ってたか……
まぁ、知ってて当たり前だとは思っていたけど。
「後者の方です」
「もちろん知っているわよ。それが私の主人のせいだということもね……」
言いながら、お母さんは紅茶を一口飲むと顔を俯かせた。
「主人のせいで多くの人が巻き込まれているのは知っているわ……でも、あの人を止めることはできなかった。昔からそうなのよ……」
「昔から……ですか?」
「ええ。あの人とはもう20年以上、一緒に暮らしているけれど、昔から一度決めたことを覆したことはなかった。それでどれたけ周りを振り回そうが、巻き込もうか関係なかった。それでも、あの人の周りには常に人がいた。お金があったせいかしらね」
そう言って、お母さんは苦笑した。
「でも、娘をまるで自分の遊びの一つのようにして、許婚のことを言い出した時はさすがに反対したわ。結局、私や明里の生活のことを盾にされて、どうにもできなかったけれど……」
「そう……ですか……」
やっぱり、この人は反対して、なんとかしようとしてくれたんだな……
「奏多君」
「え、はい……?」
改まった様子でお母さんがこちらを見てきたので、僕も姿勢を正した。
「こんなこと私が頼めた義理ではないけど、明里がどうなるかはあなたにかかっているの。だから、どうか明里のことをよろしくお願いします」
「ええ、あの……ちょっと……!」
もちろんそのことはわかっているけど、目ん玉かって、プレッシャーかけるのはやめてほしいんだけど……!
「だから、いつか明里と揃って、今度は本当の恋人として会いに来てね。それに私にできることがあれば遠慮なく言ってね」
そう言ってから、お母さんは真剣な眼差しでこちらを見てきた。
母親として、せめてもの力になりたい。
その目にはそんな決意がにじんでいるように見えた。
「は、はい。それはもちろん……!」
だから、僕はこう言った。
こう言うしかなかった。とは言わない。
僕自身としても、倉田さんを助けてあげたい。
好きでもない人と結婚なんてさせたくない。
もちろん、倉田さんが僕を好きになってくれるかはわからない。だけど、やるしかない。
それに僕は倉田さんが好きだ。
これが人として好きなのか、異性として好きなのかはまだわからない。だからこそ、僕はもっと彼女のことを知る必要があると思った。
この気持ちをはっきりさせるために。
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