取引

「……」


 お互い無言のまま、時が流れる。

 先ほどから心臓の鼓動がバクバクとうるさい。

 しかし、収まる気配は全くない。


「はっはっは!そう構えなくてもいいよ」


 すると、その無言の間をぶち破るように、いきなりお父さんが大きな声で笑い声を上げた。


「え……?」


 その様子を見て、僕は呆気にとられてしまう。


「別に取って食おうなんて思っていないから、そう難しい顔をしなくてもいい。ただ確認を取っただけだ」


「は、はぁ……」


 その言葉を聞いて、少しだけほっとする。

 なんだ、それならそうと初めから言ってほしい……

 本当、心臓に悪い。


「香澄には今まで様々な習い事や決まりを押し付けてきた。あの子は素直で優しい子だったから、反発することは一切なかった。しかし、私が許嫁の話をした時は初めて反発したもんだ。驚いたよ」


 そりゃ、反発するだろ……

 普通に考えてもおかしいもん……

 かなり非常識な提案というか、考えだと思う。


「だから、香澄から突然好きな人ができたと言った時はどうしても勘ぐってしまってね。しかし、やはり私の想像通りだったようだね」


「すいません……」


「いや、謝ることではないよ。しかし、私を騙したことには変わりない。だから、取引をしないか?」


「と、取引……?」


 なんかその単語だけでアブナイ、怪しい匂いがするんだけど……

 それにタキシード着てるし、もしかして、そっち関係の人なんじゃ……


「ああ。香澄が卒業するまでにあの子から告白されるような男になってくれ。それができなければ、高校を卒業した瞬間、私の決めた許嫁達と結婚してもらう」


「こ、告白って……」


 それって、好きになってもらうってことだろ……?

 そんなことできるのか?

 誰かを好きになったことも、恋愛もしたことない僕に……

 しかも、相手は倉田さん……

 でも、告白してもらわないと有無を言わさずに結婚させられてしまう。非常識な形で。


「わ、わかりました。いずれ、正式な形でご挨拶させて頂きます……」


 だから、僕はこう言った。

 それしか、倉田さんを救う方法はないから。


「はっはっは。そうこなくちゃな!」


 お父さんは再び大声で笑い、イスから立ち上がった。


「頑張ってくれたまえ。期待しているよ。それじゃ、私は用があるからこの辺で失礼するよ」


 そう言って、僕の肩をポンと叩いたあと、マンションから出ていった。


 バタンと閉まったドアの方を見つつ、僕は小さくため息を吐いた。


 この生活を楽しもうとした矢先にこんなことになるなんて……

 ウカウカしてられないな……

 あと二年と少し。僕は倉田さんに告白されるような男にならなければ。

 しかし、倉田さんってどういう男性がタイプなんだろうか。

 あと好みとか把握しておきたいな。

 ああ、今、思うけど、僕って倉田さんのこと、全然知らないんだな……


 それよりも、実の娘の人生をまるでゲームみたいに左右しているお父さんに少しだけ腹が立つ。いや、かなりか。

 昔ながらの人だと倉田さんは言っていたが、どうやら、かなり枠に当てはまらない人物のようだ。そんな人と結婚したお母さんって、どんな人なんだろうか。

 僕は少しだけ会ってみたいと思うのだった。

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