2章

観察と朝ごはん

「ふぁぁ……」


 翌朝、午前7時。

 僕は震えている携帯のアラームを消しながら、ベッドの上で大きく欠伸をする。

 昨日は色々と考えていたせいで、ついつい寝るのが遅くなってしまった。今日からまた学校だと言うのに、おかげで完全な寝不足だ。


 僕は覚めきっていない頭を抱えつつ、ベッドから降り、部屋を出て、洗面所で顔を洗う。そろそろ、冬になるので、水が少し冷たかったが、頭を覚ますにはちょうど良かった。


 そして、リビングへ入ると、台所に立つ倉田さんがいた。手際良く、フライパンの中身をかき混ぜていく。

 それより気になったのは、ネコのイラストがあしらわれたかわいらしいエプロンを身につけていたことだ。

 ネコが好きなのだろうか。

 しかし、よく似合う。

 率直に言って、かわいい。


「あ、起きてきたわね、おはよう」


「おはよう。朝ごはん作ってくれてたんだ。ありがとうね」


「これくらい当たり前よ。みんなで協力して生活していかなきゃ」


「そ、そうだね」


 協力か……

 未だに僕は特に役に立てそうなことが思いつかないが、とりあえず、毎日の雑用でもこなしていこうかな……


「あれ、そういえば、桐谷さんは?」


 先ほどから姿が見えない。まだ寝ているのだろうか。桐谷さんに限って、それは無いと思うが。


「そろそろ帰ってくると思うわよ」


 倉田さんがそう言った瞬間、ベランダからリビングへ入るドアがガラガラっと開いた。


 え、ベランダにいたの?日光浴でもしてたのかな……って、そんなわけないか。


「お嬢。特に異常はありませんでした」


「ご苦労様。そろそろ朝ごはんできるから、手を洗ってきてちょうだいね」


「わざわざありがとうございます。私も手先が器用なら、代わりに作りたいのですが……」


「あなたの場合は手先の問題では無いと思うけれど……」


 倉田さんはやや困ったように言った。

 会話から察するに、桐谷さんは料理が下手なのだろうか。意外な弱点発見かもしれない。


「おはよう。桐谷さん」


「なんだ、いたのか、奏多」


「そりゃいるでしょ……」


 相変わらず、嫌われてるなぁ……


「それより、何してたの?」


「決まっているだろう。観察だ」


「観察?」


「ここに住めと言われて、そう簡単に信じられると思うか?何より、昨日あんなことがあったからな。ここにどういう人間が住んでいるか、観察していたんだ」


 あんなことというのは、遠藤さんのことか。

 確かに、桐谷さんの言うことも最もだと思う。

 でも、それって結構プライバシーの侵害じゃないのかなと思ってしまう……

 あと、どういう方法で観察していたのかも気になるし……

 しかし、それを聞く勇気は僕にはなかった。

 僕達のことを思ってやってくれていることだし、この好意を無下にはしないでおこう……


「ほらほら、おしゃべりはそのぐらいにして、できてるから早く食べましょう」


 倉田さんは言いながら、テーブルの上に出来上がったばかりの朝食が乗ったプレートを置いた。

 ベーコンにスクランブルエッグ、それにレタスか。トースターで焼いたパンもあるな。

 良い匂いがする。こんなちゃんとした朝ごはんはいつ振りだろうか。ついつい感動してしまう。


「今日は洋食にしたけど、リクエストがあれば明日から和食にもできるわよ」


「あ、ありがとう。でも、僕は洋食でいいかな」


「そう。なら、明日もこんな感じで作るわね」


 そう言ってから、倉田さんはエプロンを外し、イスに座る。

 それに促され、僕と桐谷さんもイスにすわり、朝ごはんを食べ始めるのだった。

 倉田さんの作ってくれたご飯はもちろん、美味しかったが、それ以上に誰かと食べる朝ごはんは、とても心が温かくなる気がした。

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