許嫁

「はぁはぁ……」


 スーパーとドラッグストアで買った袋を両手に持ちながら、マンションまでの道を歩いていく。

 しかし、思いの外、重くて運ぶのにかなり苦労している。

 僕は道の端に止まり、額の汗を拭う。


「大丈夫?」


 僕のことを心配して、倉田さんがハンカチを片手に駆け寄ってきてくれる。


「ああ、ごめん。大丈夫だよ、ありがとう……」


 苦笑しつつ、僕は倉田さんが差し出してくれたハンカチを受け取る。


 なんとかして、みんなの役に立とうと思い、他の二人より、袋を多めに持ったのだが、この感じたと足手まといになっちゃってるかな……

 情けない、こんなに体力がなかったなんて……


「無理するからだ。初めから私に任せればいい」


 言いながら、軽々と袋を担いでいく桐谷さん。

 僕と同じくらい持っているはずなのに、ものすごく涼しい顔しているな……

 一体、どれだけ鍛えているのだろうか。

 手足はすごく細いのにな……

 おまけにお腹も綺麗に整っていて……

 って、何思い出してんだ……!


「なんだか、顔が赤くなってきたけれど、本当に大丈夫……?」


「だ、大丈夫だよ……!ほら、先行こう!」


 僕はそれを隠すように袋を再び持ち上げると、ズンズンと先を歩いていく。

 そして、十字路に差し掛かったとき。


「ぐえ……!?」


 いきなり後ろから、誰かに襟元を掴みながら、引っ張られ、そのままの勢いで壁に叩きつけられる。


「いてっ……!」


 な、なんだよ、いきなり……

 背中に走った衝撃で顔を歪めながら、その人物に目を向ける。


「って、遠藤さん……?」


 いつの日だったか、桐谷さんにやられた遠藤さんが目の前に立っていた。

 なんで、こんなところに……?


「聞いたぜ、この野郎……」


 しかし、何故かものすごく苛立っている様子。

 おまけに、指の骨をバキバキと鳴らしながら、ゆっくりと近寄ってくる。


「あ、あの……」


「何したかしらねぇが、この前みたいにはいかねぇぞ……」


 そう言ってから、思い切り振りかぶって、僕の顔に向かって、遠藤さんの拳が襲いかかってくる。


 って、またこの展開……!?


 今回は桐谷さんも近くにいないし、これは当たったな……

 僕は僅かな時間で、心の中で諦めと覚悟を決めた。


「ぐあ……!」


 そして、直撃。

 但し、当たったのは僕の顔にではなく、遠藤さんが振りかぶっていた右の拳。そして、当たったのは何処かからか、飛んできた缶ジュースだった。


「だ、誰だ……!」


 激痛が走る手をさすりながら、遠藤さんがそう叫びとゆっくりと足音が近づいてくる。


「あんまり手荒なことはしたくないんだ、大人しく帰れ」


 そう言って、右手を下に軽く振りながら、現れる桐谷さん。

 か、かっこよすぎだろ……

 って、まさか遠藤さんの手に当たるように缶ジュースを投げたのか……?

 なんて、命中精度なんだ……

 おまけにスピードもかなりあったぞ……?

 すごすぎる……


「なんだ、女かよ……」


 吐き捨てるようにいう遠藤さん。

 もちろん、そのセリフを許すわけがない桐谷さん。


「女だからって舐めるなよ……?」


 言いながら、ゆっくりと間合いを詰めていく二人。

 い、一体、どうなるんだ……?!


 そう思っていた時。


「やめなさい!!」


 大声でそう叫ぶ声が後ろから聞こえてきたので、咄嗟に全員が振り向く。


「……」


 そこには、ものすごい面持ちの倉田さんが立っていた。


「よう、久しぶりだな。香澄」


 奇妙な笑みを浮かべながら、ゆっくりと倉田さんの方に近づいていく遠藤さん。


「あんまり気安く、下の名前で呼ばないでくれる……?」


「おいおい、ひどい言い方だな、許嫁に対してよ?」


 その言葉を聞いた瞬間。


「は!?」


 僕は空気も読まず、そう口走ってしまった。


 遠藤さんが倉田さんの許嫁?!

 はぁ!?

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