二度としない

「……と、ちょっと……!」


「ん、んん……?」


 誰かに呼び掛けられながら、顔をペチペチと叩かれている感触でゆっくりと目を開けていく。


「どうして、こんなところで寝ているの?」


 僕の顔を叩いていたのは倉田さんだった。

 少し困った顔をしているように見える。

 あ、もう朝か……

 う……床で寝てたせいで身体中がバキバキだ……

 僕は悲鳴をあげる身体をゆっくりと起こす。


「え、あ……」


 そして、徐々に覚醒してきた頭で、昨夜のことを思い出す。

 確か、トイレにきて、場所がわからなくて、適当にドアを開けたら、そこには桐谷さんがいて……


「……!」


 その光景を思い出し、たちまち顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。


「な、なんでだろうね、ははは……!」


 慌てて、身体を起こし、なんとか誤魔化そうとしながら、リビングへと入る。

 何を思い出してるんだ、僕は……!

 しかし、そこには事もあろうに桐谷さんがイスに座っていて、テレビを見ていた。

 そして、リビングに入ってきた僕の姿を見た途端にキッと睨んでくる。その殺気たるや、軽く人間を吹き飛ばしてしまえそうに思えた。


「お、おはよう……」


 とりあえず、挨拶をしてみる。

 本当は昨夜はごめん!と謝りたいところだが、それを聞いていた倉田さんに昨日は?と聞かれたくないため、普段通りの挨拶にしてみた。


「二度と目覚めないようにするべきだったな」


 しかし、辛辣すぎる言葉を言われてしまう。

 二日目にしてこの関係って、本当に先が思いやられる。

 まぁ僕が悪いんだけどさ……

 女の子と暮らすってことをもっと自覚するべきだったな……


「仲良くなったと思ったら、今度は嫌われてるの?本当によくわからない二人ね」


 そんな僕達の様子を後ろから見ていた倉田さんはそう呟いた。


「あなた、また変なことしたの?」


「またって、何さ!?別に変なことは……!」


 しかし、僕がそこまで言って、桐谷さんから再び殺気を感じられたので、慌てて言うのをやめた。

 やばい、今振り返ったらやられる。


「何か言えない理由がありそうね……とりあえず、今は聞かないでおくわ……」


 ため息混じりに言いながら、リビングから出て行く倉田さん。

 彼女の気遣いに感謝しつつ、二度と同じことをしないように、僕はそう固く心に誓うのだった。















 ♦︎












 午前十時を過ぎた頃、朝食を終えてから、マンションを出て、商店街の方へ向かう。


「まずはドラッグストアで生活必需品を買ってから、食材を買いに行きましょう」


 倉田さんのその言葉でまずはドラッグストアに向かうことにした。


 相変わらず、頼もしい。

 おそらくだが、そこそこのお嬢様なのに、こうして的確な指示を出すことができる。

 現に昨日の話し合いでも、今後のことや家事の分担について色々と指示を出してくれていた。生まれながらのカリスマ性ってやつなのだろうか。

 しかし、唯一の男として、メンツがまるでないので、その点はやはり落ち込んでしまう。僕も何か役に立てることができれば、いいのだが、現時点では特に思いつかないのが残念で仕方ない。


「どうしたの、難しい顔して?」


 すると、そんな僕の表情を見て、倉田さんが覗き込むようにこちらを見てきた。

 そのかわいい顔が近くて、慌てて距離を取ってしまう。


「い、いや!なんでもないよ!」


「そう?何か考え事があったら言ってね。一緒に暮らしていく仲間なんだから」


「お嬢。気にしない方が良いかと。どうせくだらない、いえ、変なことを考えているに決まっていますから」


 言いながら、桐谷さんは倉田さんの背中を押し、先に進んでいく。

 その過程で僕のことをジト目で見てくる。


「はは……」


 僕は乾いた笑いを浮かべながら、先を歩く二人の後を追うのだった。

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