ラッキー

「ふぅ……」


 夜の八時を過ぎた頃。


 僕はため息を吐きつつ、部屋にあったベッドの上で横になる。

 そのベッドが思いの外、柔らかかったので、少し驚いてしまう。

 ちなみに、このベッドも最初から部屋にあったものだ。部屋の広さは10畳はあるだろうか。十分な広さだった。

 マンションの広さは4LDK。

 そのため、各々の部屋を割り当てることができた。もちろん、共有スペースはリビングとなる。

 しかし、この広さにこの間取り。

 その上、比較的、新しめなこのマンション。一体、いくらしたのだろうかと思ってしまう。

 借りたにせよ、買ったにせよ、娘のためにここまでできる父親なんて早々いないだろう。

 最も、それがためになっているかは疑問だが。


「明日は買い物か……」


 冷蔵庫は最初からあったが、中身が空っぽだったので、今日はピザのデリバリーで晩御飯を済ませた。飲み物と明日の朝のご飯はコンビニで買ったが、それ以降の食材がないので、明日、三人で買い物に行くことになっている。


「はぁ……」


 僕は今日何度目になるか、わからないため息を吐いた。

 果たして、これからどうなるのやら……


「ん?」


 そんなことを思っていると、ドアがノックされた。


「はい?」


 僕はドアの方へと向かい、開けるとそこには桐谷さんが立っていた。

 彼女は何故かずっと学校の制服を着ている。

 私服姿も見てみたいと少しだけ思ってしまう。

「あ、どうしたの?」


「そういえば、お前の連絡先をまだ知らなかったからな、これ」


 そう言って、紙切れを一枚渡される。

 僕はそれを受け取り、目を通す。

 そこには綺麗な字でアカウント名が書かれていた。


「あ、ありがとう」


「正直、お前に教えるのはどうかと思ったが、お嬢に言われて仕方なく」


「いや、言わなくていいよ……」


 リアルに凹むから……


「それから、私は隣の部屋だから、変なことはするなよ」


 言いながら、僕の前から去っていく。


「しないよ……」


 その背中を見ながら、僕は小さく呟いた。













 ♦︎













「ん、んん……」


 今は夜中の何時だろうか、それとももうそろそろ明け方になるのだろうか。

 それはわからないが、僕はトイレに行きたくて、目が覚めた。


 しかし、部屋を出て思う。

 トイレ、どこだ……?


 そういえば、この家に来てからトイレにまだ行ってない。

 仕方ない。適当に開けてみれば、そのうち当たるだろ。ドアの数もそこまで多いわけではないし。


 そう思いながら、一つ目のドアを開ける。


「へっ……?」


 しかし、そこには裸の女性が立っていた。

 長い髪を拭いていたところなのだろうか、バスタオルを手に持っていた。

 僕はその健康的なスタイルについつい目がいってしまう。


 ははっ、やっちまったよ……


 僕はそのおかげというか、ようやく寝ぼけていた頭が冴え、同時に血の気がサーっと引いていくのがわかる。


 死んだな。これ。

 せめて、もう少し長生きしたかったよ。

 変なことするなって言われた矢先にこれって……


「……」


 一方、プルプルと小刻みに震えながら、一気に顔が赤くなっていく女性。


「は、早く出ていけぇ!!」


 そして、その怒号と共に近くにあったゴミ箱を顔面に投げつけられた。


 ゴミ箱……

 地味に痛い……


 そんなことを思いながら、ゆっくりと地面に倒れていき、僕は気を失っていった。

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