新たなる日々

「さ、善は急げだ。早く必要なものを取ってきなさい」


 お父さんがそう言うと、どこからか黒ずくめの男達が現れ、僕の周りを取り囲み、力ずくで家の外へと連れ出していく。

 

「え、ちょっと……!」


 そして、あっという間にマンションの外に出され、そのまま車に連れ込まれると、自宅へと連れていかれる。

 いきなり無茶苦茶すぎるだろ、このお父さん!



「10分以内に出てくるように」


 そう言って、車から降ろされる。


 10分って……

 せめて、30分くらいはほしいんだけど……

 でも、少しでも時間を無視したら何されるかわからないからな……


 僕は心の中でそう思いながら、家の中へと入り、部屋にあるボストンバッグを手に取ると、必要な衣類などを詰め込んでいく。

 まぁもし、足りないものがあったとしてもまた取りに来ればいいか。


 そして、大きく膨らんだボストンバッグを肩に抱え、家を出る。

 そして、また車に連れ込まれ、今度は例のマンションの前へと着く。

 ここか。結構でかいな……

 わざわざ、こんなマンションを用意するなんてな……


「これが鍵だ。部屋番号は1005」


 手短にそう言うと、黒ずくめの男達は再び車を走らせ、どこかへと去っていった。


 黒ずくめの男なんて、漫画みたいな感じだったな……

 小さくなる薬を飲まされなくてよかったよ。あ、でも、あれは確か毒薬だったっけ……


 僕は小さくため息を吐いた後、オートロックの扉を開け、中へと入る。

 そして、エレベーターに乗りこみ、10階で降りる。

 そして、鍵を使い、中へと入る。

 玄関には靴が二足あった。


「あ、きたわね」


 家に入ってすぐ、奥の部屋から倉田さんが出てくる。


「あ、もう来てたんだ」


「ええ、強引に連れて行かれたよ。桐谷もね」


 言いながら、目線を奥の部屋に向ける。

 僕はひとまず、倉田さんの後に続き、奥の部屋へと向かった。


「うわっ、ひろ……」


 入って、すぐにそんな言葉が口から漏れた。

 倉田さんの家ほどではなかったが、十分な広さのリビングだった。

 そして、必要な家具や家電が既に置かれており、生活をするのに準備はバッチリだった。

 全く、用意がいいな……


「うぷ……」


 僕がじっくりとリビングを眺めていると、突然、青いクッションが僕の顔に向かって、飛んできて、モロに顔面に当たる。


「お前のせいだぞ、奏多……」


 クッションを投げてきたのは、桐谷さんだった。リビングにあるソファに座りながら、恨めしげにこちらを見ている。というか、今、下の名前で呼んだよね……?

何気に嬉しい。


「別に彼が悪いわけではないわ。それにこの原因を作ったのは私だし……」


 僕たちの間に入ってきた倉田さんがため息混じりにそう言った。


「お嬢が原因?一体、どういう……」


「そうね……桐谷にもきちんと話さないといけないし、これからのことも話し合う必要があるわね」


 そう言うと、倉田さんはテーブルイスに座った。それを見て、僕たちも適当な位置に座るのだった。














 ♦︎













「見損なったぞ、奏多。なんと意地汚いやつなんだ、お前は」


「いや、もうそれは本当に弁解のしようがない……」


 数分後、倉田さんから僕と倉田さんの関係性を桐谷さんに説明し終えたところで、辛辣な言葉を投げかけられる。


 というのも、僕が最初、お金を取ろうとしたことを聞いたからだ。あれは本当に良くないことだったよな……

 しかし、あれをしたから今、こうなっているわけで、それが今の僕にとって良いことなのか、悪いことなのか、わからない。

 まぁ客観的に見れば、女の子達と一緒に住めるの?ひゃっほー。かもしれないが、実際にはそんな手放しでは喜べない。


「まぁ、それは今は置いておいて、これからどうするかよ」


 倉田さんが言う。


「私はお嬢のやりたいように付いていきます。こんな奴と生活なんて、嫌ですが」


「ストレートに言わないでよ……」


 どうやら、すっかり嫌われてしまった様子……

 しかし、僕が倉田さんのニセの彼氏ということについては特に何も言ってこなかった。

 薄々気づいてたのかな……?

 それとも……


「そう。じゃあ、あなたは?」


 倉田さんは僕の方に顔を向ける。


「僕は……正直、まだ頭が追いついていないけど、元々許嫁の人と結婚するのが嫌でこれを始めたわけだし、今投げ出せば、台無しになると思う。異性と暮らすなんて、とんでもないことだし、この生活が終わる道のりは長そうだけど、とりあえずやれるだけやってみたいと思う」


「そう。じゃあ、決まりね。今日から三人で力を合わせて、暮らしていきましょう」


 言いながら、倉田さんはにっこり微笑んだ。

 その笑顔がとてもかわいくて、眩しくて、僕は少しばかり見とれてしまうのだった。

 しかし、まぁ倉田さんもよくこんな状況をすんなり受け入れるよな。

 肝が据わっているというか、なんというか。慣れている感じがするのは、気のせいだろうか。

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