おかしな方向

「着いたわよ」


「こ、ここが倉田さんの家……?」


 程なくして、タクシーが止まり、倉田さんがそう言ったので、僕は中から外の光景を眺めた。


 駅前にあるタワーマンション。ここが倉田さんの家なのか……

 確か、ここってかなりの価格で売りに出されてたんじゃなかったっけ……?

 さすが、お嬢様というか……

 しかし、こんな家に住めるなんて、一体どんなお父さんなのか……


 僕は余計に重くなった身体を引きずりながら、タクシーを降り、倉田さんの後についていく。

 オートロックの先に入ると、コンシェルジュと呼ばれている人を横目にエレベーターで最上階に上がり、降りる。

 そして、倉田さんはガチャっと玄関のドアを開けた。


「さ、入って」


「お、お邪魔します……」


 僕はそう言ってから、玄関で靴を脱ごうとした。


「あ、土足で上がって大丈夫よ」


 しかし、倉田さんがそんなことを言ってきた。

 土足okなんて日本にあるの……?


 僕はそんなことを思いつつ、再び倉田さんの後についていくのだった。

 そして、長い廊下の先にあるリビングへと入っていく。


「すご……」


 僕はリビングに入ってすぐ、ついそんな言葉が出てきてしまう。


 何帖あるんだ、このリビング……?

 ホテルのスイートルームかってくらいの広さだ……

 部屋の中で暴れまわっても大丈夫じゃないか。暴れるつもりはないけど。


「君が香澄の恋人かい?」


 僕がキョロキョロと周りを見回していると、奥から一人の男性がやってきた。


「奏多さん、私の父よ」


 倉田さんはそう言って、紹介してくれる。

 というか、今、下の名前で呼んだよね?

 ちょっと嬉しい……


「話は香澄から聞いてるよ。突然、申し訳ないね」


 倉田さんのお父さんは丁寧に頭を下げてくれた。

 少し白髪混じりの髪、背格好も一般的な男性と同じくらいだ。服装だって、ポロシャツにジーンズといたって普通だ。

 見た目からして、50代くらいかな。にしても、優しそうな雰囲気が漂ってくる。顔つきだって、朗らかだし、なんか想像してたのと全然違うな……


「い、いえ、あの、はじめまして、高木 奏多と申します……」


「はは、まぁそんな固くしないで、ゆっくりしてくれ」


「は、はい……」


 そんなこと言われても、無理だよ……

 僕はそう思いながら、促され、イスに座った。


「それで香澄と付き合うってことはわかっているんだよね?」


「え……?」


 それって、つまり許嫁がいるのにそれを奪ったからってこと……?


「もちろんよ。奏多さんと私の愛は本物よ」


 言いながら、隣に座る倉田さんは僕の手をぎゅっと握ってきた。突然のことに僕は少しドキッとしてしまう。


「そうか。なら証拠を見せてほしいな」


「しょ、証拠……?」


 なんだ、何しろって言うんだ……?

 まさか、公然の前で、き、キスとか……?

 いくらフリとはいえ、そこまではできないよ……!


「ああ、そうだな。じゃあ、二人が高校を卒業するまで、別れることなく、仲良くしてくれ」


「って、え……?」


 それだけ……?

 なんだ、随分簡単じゃないか。


「だが、一つ条件がある」


 そう言って、お父さんはポケットから何かを取り出して、テーブルの上に置いた。それはどこかの鍵だった。


「私が用意したこの家に一緒に住んでくれ」


「え……ええええええ!?」


「ちょっと、お父さん!?どういうつもり?!」


「どういうつもりもお前達の覚悟を知りたいんだよ。もし、生半可な気持ちで付き合っているのなら、生活は途中で破綻してしまうだろう。しかし、その気持ちが本物なら、あと2年と少しか。そのくらいやっていけるだろう。ああ、もちろん、金銭的なことは心配するな」


「そ、そういうことを言っているんじゃなくて……!第一、彼のご両親が反対するに決まってるじゃない!」


「それについては大丈夫だ。彼のご両親から手紙を預かってきたから」


 そう言って、お父さんは懐に入っていた封筒をこちらに差し出す。

 僕はそれを受け取り、入っていた一枚の紙に目を通す。

 そこには、簡単に言うと、父の字で上手くやれと書かれていた。本当に許可をもらってきたのか……

 一体、何を考えているんだ、この人は……


「ああ、そういえば、桐谷も一緒に住まわせることにしたから。そばにいるって言って聞かないそうだから、ついでだと思ってな」


「ええええええ」


 ま、まさかの桐谷さんも一緒だと……?!

 話がどんどんおかしな方向に進んでいくじゃないか……!

 どうなっちゃうんだ、一体……?!

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