いい匂い

 放課後。

 今日も例のごとく、倉田さんが晩御飯を作ってくれるとのことで、スーパーで食材を買った後、僕の家へとやってきた。

 今回はカレーを作ってくれるそうだ。ちなみに、それは僕のリクエストではなく。


「……」


 僕の真向かいのイスに座っている桐谷さんがいるためだ。

 三人一緒に行動するようになったため、必然的に彼女も食べに来ることになった。そこでどうせなら、一気に作れて、たくさん食べられるものにしようということでカレーになったわけだ。


「それじゃ、作っちゃうわね」


 そう言って、倉田さんは手際よく台所で調理をし始めた。自前のエプロンを持ってきていたようで、いつのまにか身につけている。

 益々、奥さん感が増したのは言うまでもない。


「……」


 しかし、僕は目線を正面に戻し、考える。

 倉田さんとは普通に話せるが、桐谷さんとは何とも微妙なところだ。

 というか、何を話せばいいかわからない。

 かと言って、このまま無言なのも辛すぎる。

 なんとかしなければ。そう思っていた時、僕は思い出した。


 確か、今日は英語の課題が出ていたはず。

 丁度いい。桐谷さんには悪いが、課題を片付けるという時間稼ぎを使わせてもらおう。そのうちに晩御飯も出来上がるはずだ。


 僕はカバンのチャックを開け、中から教科書とノート、筆箱を取り出し、テーブルの上に置く。


「き、聞きたいことがあるんだが……」


 と、その時、桐谷さんがそう声を上げた。


「え、何……?」


 まさか、向こうから話しかけてくれるとは思わなかったな……

 僕は心の中で驚いた。


「め、メッセージアプリのアカウント?を作りたいのだが、私はこういうのに疎くて、手伝ってもらいたいんだ……」


「それはいいけど、今まで作ってなかったんだ?」


「必要ないと思ってたからな。だが、今日の朝からクラスの連中がやたらと寄ってきて、友達になりたいとかって言ってきて、こういうのを沢山渡されたんだ……」


 言いながら、桐谷さんはポケットに入っていた大量の紙切れを取り出す。

 それには、どれもアルファベットや数字が書かれており、明らかにメッセージアプリのIDだと思われる。


「あー、なるほど……」


 きっと、桐谷さんが女の子だとわかって、寄ってきたんだろうな。おまけに雰囲気もどことなく、柔らかくなった気がする。

そして、その紙切れをよく見てみれば、乱雑な字で書かれたものもあった。明らかに男が書いたものだろう。

 なんというか、分かりやすい反応だよな……


「まぁ僕で良ければ教えるよ」


 そう言って、桐谷さんの隣に腰掛ける。

 隣に来た瞬間、ほんのりといい匂いが漂ってくる。

 これはシャンプーの匂いかな……

 なんか落ち着くいい匂いだな……


「どうした?」


 僕が突然、動きをやめてしまったので桐谷さんは首を傾げた。


「ああ、いや、なんでもない。ごめんね。えっと、それじゃ、まずはローマ字でフルネームを入れて……」


「フルネーム……」


 桐谷さんはそう呟くと、カタカタと携帯で文字を入力していく。


「KIRIYA MAI……あ、桐谷さんの下の名前は舞衣まいって言うんだ?」


 そういえば、今まで下の名前知らなかったな。


「あ、ああ、言ってなかったか」


「うん。というか、名字も知らなくて、倉田さんが教えてくれたんだよね」


 そう言って、僕は、ははっと笑った。


「そうだったか……それはすまないな……」


「いや、別に謝ることじゃ……」


「やっぱり、なんか仲良しよね、あなた達」


 すると、いつのまにかカウンター越しに倉田さんは僕達のことを眺めていた。


「な、仲良しっていうか、これぐらい普通だと思うけど……」


「そうかしら?やっぱり、あなた達、昨日何かあったんじゃない?」


 倉田さんは怪しげに僕の目を覗き込んでくる。


「いや、本当に何もなかったって……」


 ずっと疑ってるな……

 そろそろ勘弁してほしいんだけど……


「次はどうするんだ?」


 しかし、そんな僕達をよそに桐谷さんはそう尋ねてきた。


「え、ああ、えっと……」


 そうして、晩御飯が出来上がるまでの間、僕は桐谷さんに付きっきりになるのだった。

 もちろん、倉田さんはその間、ずっと僕達のことを見ていたので、ものすごくやりづらかったのは言うまでもない。

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