戦う勇気

 桐谷さんは僕の作ったおかゆを、僕はスーパーで買った惣菜を食べ終え、今は夜の9時すぎ。

 桐谷さんのこともあるし、今日は早めに寝ることにした。


「それじゃあ、消すよ」


 そう言ってから、僕は部屋の照明を落とした。


「別にここで一緒に寝なくてもいいぞ……」


「そういうわけにはいかないよ。何かあったら困るし。嫌だろうけど、我慢してね」


 ソファで横になる桐谷さんの隣に布団を敷き、今日は僕もリビングで寝ることにした。


「……」


 しかし、寝るのには早過ぎるからか、目をつむっても一向に眠気は襲ってこない。

 仕方ない。布団に潜って携帯でもいじるか。そんなことを思っていた時。


「起きているか……?」


 隣にいる桐谷さんが話しかけてきた。


「起きてるけど……」


「そういえば、礼を言うのを忘れていた……」


「別に気にしないでよ。当たり前のことをしただけだから。桐谷さんだって、僕が同じことになっていたら、助けてくれたでしょ?」


「まぁ、そうだな……」


 それよりも僕は気になっていたことを聞きたかった。今なら聞けそうな気がする。


「どうして、男の子のフリなんてしてたの?」


「……」


 僕の問いに桐谷さんは黙り込んでしまった。

 やっぱり言いづらいことなのかな……

 まぁそりゃそうだよな。普通ならしないことだし……


「私の家系はな、代々、男が守ってきたんだ。命を受けた主人のことを」


 しかし、少し間を空けてから、桐谷さんはポツリポツリと話し始めた。


「しかし、私は女として生まれてしまった。女に人を守るなんて、仕事は任せられない。周りの落胆する声を抑えるため、母はなんとか男の子を産もうとした。でも、上手くいなかった。そんな母は心労がたたり、そのまま亡くなってしまったんだ」


「そう……なんだ……」


「私は私の生まれた環境を呪った。たかが、女だとか男だとか性別だけで差別する大人たちのことも心底恨んだ。しかし、その当時の私にその全てを覆す力はない。だから、女の私にもできることを証明したかったんだ。それでも、周りからは見た目で舐められるからと格好だけでも男に見えるようにしろと言われたけどな」


 言いながら、桐谷さんは鼻でフッと笑っていた。


「なんか軽く聞いてごめんね……でも、僕的には桐谷さんはそのままの姿でいてほしいな。だって、かわいい女の子が実は強いなんて、すごいカッコいいと思うし」


「か、かわ……!?」


 僕の言葉を聞いて桐谷さんは、ソファの上で、慌てたようにどさどさと動いた。

 勢いに任せて、なんかまずいこと言ったかな……まぁいっか……


「それに本当に大事なのは、戦う勇気を持つことなんじゃないかな。勇気があれば、何にだって挑戦できる。未来だって変えられる。きっと桐谷さんの環境だって、変えられるはずだよ」


「戦うという気持ちか……」


「って、簡単に言ってごめんね……」


 今の話を聞いただけで、何がわかるって言われれば、それまでだよな……

 おまけにこんな臭いセリフ……

 自分で言っておいてなんだけど、どこの漫画の主人公だよって感じだよ。



「ふん、簡単に言ってくれるな……」


 案の定、桐谷さんはそう言って、毛布の中に潜り込んでしまった。

 やっぱり、そうなるよね……

 はぁ、もうちょっと考えてから言うべきだったな……


 僕は心の中で後悔しつつ、再び目を瞑ることにするのだった。

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