視線

「なんか送ってもらっちゃって悪いわね」


「そんなことないよ。こちらこそ、今日は本当にありがとう」


 今は夜の七時四十分ごろ。夕飯を終え、遅くなる前に帰るということで、僕は倉田さんを自宅まで送っているところだった。

 最初は断られたが、夜道は危険だというと、じゃあお願いしようかしらということで、送ることとなった。

 やはり、女の子をそのまま帰らせるのは、よくないと思ったからだ。

 しかし、倉田さんが作ってくれてオムライスは本当に絶品だった。次回はデミグラスソースをかけて、食べてみたいとさえ思った。

 まぁ、次回があるかどうかわからないけど。


「そういえば、夜、出歩いたりして、親御さんに何か言われたりしないの?」


 僕は歩いている最中、そんなことをふと疑問に思ったので聞いてみることにした。

 年頃の女の子がいる家庭は、やはり心配するのではと思う。


「大丈夫よ。母には元から伝えてあるから」


「そうなんだ。あの、少し気になったんだけど、お母さんって僕が彼氏のフリをしていることって知ってるの?」


 僕がそう言った瞬間、倉田さんはずいっと顔を近づけてきた。

 あまりに近くて、つい顔が赤くなってしまうのがわかる。


「だから!前にも言ったけど、聞かれてるかもしれないから、そういう話はやめてって言ったでしょう!?」


 しかし、そんなことを感じさせる暇もないくらいに、ものすごい剣幕でそう言ってきた。

 明らかに怒っている。

 怒ったところを見るのは、初めてだったので、僕は少しだけたじろいでしまう。


「あ、そうだったね……ほんと、ごめん……」


 そして、その迫力に気圧されながら、謝った。


 一体、誰に……

 と思ったが、聞ける雰囲気ではないので、そのままにしておいた。まぁいずれ分かるかな……


「はぁ……あ、もうこの辺りでいいわ。家はすぐそこだから」


ため息を一つ吐いた後、倉田さんはそう言って、道の奥に目を向けた。


「あ、うん……わかった……」


 十字路に差し掛かったとき、倉田さんはそう言った。


「それじゃあ、また明日ね」


 そして、小さく手を振りながら、その先の道を歩いていく。


「うん、また……」


 僕も少し恥ずかしいと思いながらも、小さく手を振り、倉田さんを見送った。

 段々と倉田さんの姿が見えなくなるまで、手を振り、やがてその姿が暗闇の中へと消えていった。


「よし、帰るか……」


 僕はそう呟いた後、踵を返した。


「……」


 しかし、その時、歩いてきた道のずっと奥に誰かがいる気がして、立ち止まった。

 かと思えば、すぐにその気配は消えてしまった。


「……」


 な、なんか誰かに見られていた気が……

 でも、今はいないし、気のせいかな……

 まぁ普通の道なんだから、歩いてる人なんて沢山いるよね。


 僕はあまり気にしないようにし、また来た道を引き返して、歩き出すのだった。

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