質素な家

「♪」


「……」


 スーパーを出てから、二人並んで僕の家へと向かう。

 食材を選んでいる途中辺りから、何故か上機嫌な倉田さん。

 今夜は僕のリクエストもあり、オムライスを作ってくれることになった。

 しかし、女の子が家に来るなんて、小学生の時、以来だから、妙に緊張してしまう。


「あ、ここだよ」


 そんなことを思っているうちに、マンションの前へと着いた。


「へぇ、中々綺麗なところね」


「まぁね」


 両親とも医者だけあり、お金だけはあるみたいだから、そういう面で苦労したことはない。このマンションもそこそこ高値だそうだ。僕が中学に入る前に引っ越してきた。


 僕はオートロックの扉を開けると、倉田さんと共にエレベーターに乗り込む。

 そして、4階に下り、家の扉を開ける。


「お邪魔します」


「どうぞ……」


 倉田さんはそう言った後、丁寧に靴を揃えて中へと入っていった。


「今、電気つけるね」


 僕は先に進み、リビングの電気のスイッチを入れた。


「なんか……すごい質素なお家ね……」


 テーブルの上にカバンと買った食材が入った袋を置きながら、倉田さんはリビングを見渡し、そう呟いた。


「そうかな……?」


「ええ、なんか必要最低限な物しかない感じがするわ」


「まぁそうかもしれないね……」


 確かに、リビングには雑貨と呼ばれるものがほとんどない。テレビに冷蔵庫、レンジにテーブル、ソファ、エアコンくらいだ。

 時計だってないし、カレンダーもない。

 他の人から見れば、かなり質素な家かもしれない。


「ちょうどいいわね……」


 すると、倉田さんはボソッと何かを呟いた。

 しかし、声が小さくて、よく聞き取れなかった。


「とりあえず、作っちゃうわね。座って待っててちょうだい」


「あ、うん……」


 倉田さんは手を洗うと、袋に入った食材を取り出し、まな板と包丁を手に取ると、手際よく、トントントンと野菜を切り始めていく。


「……」


 僕はソファに座りながら倉田さんの背中を眺める。

 家でもこうやって、ご飯作ったりするのかな……

 というか、このアングル、まるで奥さんの手料理を待つ旦那みたいな……

 って、何考えてんだ……!

 第一、倉田さんは目的があって、家に来てるわけであって、善意からではないのは分かってるはずだろ。


「ねぇ、上にかけるのはケチャップかしら?それともデミグラス?」


 僕がそんなことを考えていると、倉田さんがそう尋ねてきた。


「え、あ、ケチャップでいいかな」


「了解」


 そう返事をすると、再び調理にとりかかる。


 デミグラスって、そんなものも作れるのか、すごいな。

 僕は心の中で感心しながら、ご飯が出来上がるのを待つのだった。











 ♦︎










「う、うまっ……」


 スプーンを口に入れた瞬間、僕は目を見開いた。

 これ、そこら辺のお店より美味しいぞ……?

 卵はフワフワでちょうど良い半熟。

 野菜も甘みが出てて、それだけでも美味しい。一体、どんな調理をしたんだろうか……


「お口に合うようで良かった」


 ふふふと笑いながら、僕の向かい側に座っている倉田さんは微笑んだ。


「料理すごい上手だね……」


「まぁね。一応、母に教え込まれたから」


「そうなんだ……」


「それより、明日のお昼はどうする?」


「え……?」


 突然の言葉に、僕は咄嗟に顔を上げた。


「ほら、何かリクエストがあれば、それを作っていくけれど」


「え、明日も作ってきてくれるの……?」


「当たり前でしょ?一日作っただけで終わりってわけにはいかないんだから」


 倉田さんは少し困った表情でそう言った。


「あ、そうだよね……」


 そりゃあ、そうか。一日作って終わりなんて、認めるわけないもんな……


「それで何かリクエストあるかしら?」


「いや、なんでもいいかな……作ってきてもらえるだけ、有り難いし」


「何でもいいが一番困るんだけど……まぁいいわ」


 はぁとため息をついてから、倉田さんは立ち上がり、台所の方に向かった。


「食器、洗っちゃうわね」


「あ、それくらい、自分でやるよ」


「いいのよ、どうせついでだし」


 軽く笑みを浮かべてから、倉田さんは洗い物を始めるのだった。

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