お昼ご飯

 翌日。午前の授業も終わり、昼休みとなった。


 僕は少しだけソワソワしながら、席を立った。というのも昨日の倉田さんのメッセージが原因だ。


 しかし、昼休みになったけど、特に何もない……な。

 単に気になっただけだったのかな。

 学校に来てからも特に向こうからのアプローチはなかったし。


 と、そんなことを思っていた時。


「あー、いた!」


 廊下から、突然聞こえてきた声に僕は慌てて顔を向けた。だって、今の声って……


 そこには予想通り、倉田さんがいた。

 手には何やら、包みに包まれた大きな箱のようなものを持っている。


「今日は学食じゃなくて、屋上で食べよ?」


 そう言って、教室へと入ってきて、僕の腕を掴んでくる。


「ちょっ……!」


 突然の行動に僕は慌ててしまう。

 周りも少しだけざわっとし始めた。

 そりゃそうだよね。こんな美少女に突然、そんなことされたら……

 尚更、有名人らしいし……


「ほらほら、早く行こ?」


 当の倉田さんは特に気にする様子もなく、少し強引に僕の腕を掴んだまま、歩き出していく。僕も引かれるようにして、歩いていく。

 そして、階段を上がり、屋上があるフロアへとやってくる。

 確か、屋上のドアってセキュリティ面から閉めたままだったはず……

 しかし、倉田さんがドアノブに手をかけると、そのままガチャっとドアが開いた。


 あれ、なんで……


「んー!気持ちいいね!」


 屋上へ出た瞬間、倉田さんは僕の腕を掴んでいた手を離し、ゆっくりと歩きながら、背を伸ばす。暖かい陽が当たり、お昼を食べるにはもってこいの陽気だった。


 一方の僕はいきなりの展開についていけず、そのまま、入り口付近で立ちすくんでしまう。


「ねぇ、早くこっちにきてよ?ご飯食べよ?」


 いつの間にか、ご丁寧に地面に持ってきていたであろうシートをひいて、座っている倉田さん。


「え、ああ、うん……」


 倉田さんにそう促され、僕はようやく歩き出した。そして、倉田さんの横に腰掛けた。


「家族以外に作るのは初めてだったから、口に合うかわからないけど……」


 少しだけ恥ずかしそうに言いながら、倉田さんは手に持っていた箱をシートの上に置き、包みを解く。

 包みの中は、お重箱だった。

 まるでおせちでも入っていそうな高級感が漂ってくる。


「たくさん食べてね」


 そう言って、倉田さんはお重の箱を開けていく。


「う……わ、すご……」


 箱を開けた瞬間、飛び込んできた光景に驚いてしまう。なんて品数の多さだ。しかも、どれも彩り豊かだった。

 卵焼きに一口カツ、ミートボール、サラダにハンバーグ。外見とは裏腹に、どこか庶民的な感じが漂ってくる。


「わ、わざわざお昼ご飯作ってきてくれたんだ……?」


「うん。父がね。証拠を見せろって言ってきて」


 はぁとため息混じりに倉田さんは言った。


「証拠?」


「うん。本当に好きな相手なら、お昼ご飯を作るのも当たり前だろ、苦にならないだろって。それで作ってきたわけ」


「ああ、そうだったんだ……」


 やっぱりそうだよね。

 そういう理由がなきゃ、わざわざ作ってきてくれるわけないよね……


「いただきます……」


 僕は少しがっかりとしながら、お箸を手に取り、卵焼きを摘み、口に運ぶ。

 しかし、噛んだ瞬間、口に広がる旨さにたちまち、目を見開く。


「う……ま……」


 た、卵焼きってこんなに美味しかったっけ……

 ふわふわで程よい甘さ。いくらでも食べれそうだ。


「口に合うようで良かった」


 倉田さんは僕の様子を見て、満足したように微笑んだ。


「……」


 僕はゆっくりと卵焼きを噛み締めていく。

 途端に目から止めどなく、溢れ出す涙。


「え……?!ど、どうしたのよ、いきなり……!」


 僕が突然、涙を流し出したので、倉田さんはうろたえ出す。


「ごめん……その……違うんだ……」


 僕はなんとか喉から声を絞り出しながら、そう言うのが精一杯だった。

 そして、僕が泣き止むまでの間、倉田さんは黙って、そばにいてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る