第二十一話 復讐屋 vs 殺し屋(後編)

   

「兄貴!」

 弟たち二人は、ウーヌムが眠らされるのを、なすすべなく見守っていたわけではなかった。

 そもそも、窓の外から小さな物体が飛び込んできたことに、いち早く気づいたのはトゥリブスだったのだ。しかも彼自身、一昨日の夜に同じ攻撃を食らっている。

 あの時はドゥーオが重しとなって、引きずられていくトゥリブスを止めてくれたが、それはウーヌムの指示によるものだった。その経験があるだけに、今回は言われなくてもわかっており、ドゥーオもトゥリブスも、ウーヌムが引っ張られていくのを妨げるつもりで、彼の方へ駆け寄ろうとしていた。

 しかし。

 二人を制止する勢いで、新たな乱入者が現れたのだ。


――――――――――――


 モデスタ・ドゥクスが開きっぱなしだった入り口。そこから堂々と、二人同時に駆け込んできたのは、ぴったり体にフィットした黒装束の女と、立派な騎士鎧を着込んだ男。モノク・ローとピペタ・ピペトだった。

 この時、殺し屋でも何でもないモデスタは、ただ茫然として立ちすくむだけ。彼女の左横をモノクが、右からはピペタが走り抜けても、一切反応できなかった。

 特にモノクは、一陣の風を思わせるほどの、迅速な動きであり……。

 巨漢のドゥーオが、慌てて魔法武器のハンマーに魔力を込めた時には、既に彼の目の前に達していた。

「貴様も俺の標的だ」

 宣言と共にモノクは、ドゥーオがハンマーを振りかぶっている間に、彼の喉笛を両手の鉤爪で切り裂く。

 普通ならば、これで相手は絶命するのだが……。

「フンッ!」

 最後に一矢、報いようというのだろうか。ドゥーオは喉から鮮血を滴らせながらも、巨大なハンマーを振り下ろしてきた。

「おっと……!」

 モノクは大きく後ろへ跳び退いて、この一撃をける。この程度の相手に、死出の道連れにされでもしたら、たまったものではなかった。

 ドゥーオは、さすがに無理をしたらしい。自分が振り下ろしたハンマーの勢いに体全体が引きずられて、前のめりに倒れこむ。

 その様子をモノクは、少し距離を取って見守った。彼が確実に死んだのを見届けるつもりだったが、驚いたことに、まだドゥーオの生命力は絶えていなかった。ヨロヨロとした動きではあったが、巨大なハンマーを手にしたまま、どうにか立ち上がってきたのだ。

「その根性……。憎むべき敵ながら、敬意に値する!」

 近づくのは危険と判断して、モノクは黒いナイフを投げつけた。

 一投のうちに三本。それらは全て、ドゥーオの胸のところに――心臓のある辺りに――吸い込まれていく。

 そして。

 深々とナイフが突き刺さる、グサリという音に続いて、ドサッと巨大なハンマーが落ちる音。

 もはやドゥーオは、手から愛用のハンマーだけが抜け落ちたポーズで、虚しく固まっていた。

 こうして、『飛翔気流三兄弟』の次男である巨漢の男は、立ったまま息絶えたのだった。


――――――――――――


 モノクほど素早い身のこなしではなかったが、それでもピペタは、トゥリブスがウーヌムのところに駆け寄るよりも早く、小柄な男の前に立ち塞がっていた。

「てめえ、あの時の!」

 ピペタの顔を認識して、激昂の声を上げるトゥリブス。

 手にしたナイフで彼が斬りつけてくる前に、ピペタの方から、騎士剣で斬り込んでいく。両手で大上段に斬り下ろすのではなく、片手持ちのスタイル。剣を握る右手を伸ばして踏み込み、神速の突きを繰り出したのだ。

 これに対してトゥリブスは、

「けっ! てめえの太刀筋なら、一度見てるんだよ!」

 おのれを鼓舞するかのような言葉と共に、大ぶりなナイフを横から叩きつけて、ピペタの一撃を払おうと試みる。

 二人の間でかち合う、やいばやいば

 ……となるはずだったが。

 その手応えはなかった。

「おっ……?」

 ナイフが空振りして、拍子抜けするトゥリブス。

 ピペタは突きの途中でクイッと手首を返して、器用にかわしたのだ。それがトゥリブスにも理解できた時には、横薙ぎにしたナイフの勢いが余って、つんのめりそうになっていた。

 すかさずピペタは、手首を動かした分だけ上がっていた剣先を振り下ろし、トゥリブスのナイフを叩き落とした。

「この野郎!」

「勘違いするなよ、小僧」

 再び踏み込みながら、侮蔑の言葉を口にするピペタ。

 言葉と一緒に、騎士剣もトゥリブスの腹に突き刺さる。

「お前の腕前は、大したことないぞ。兄たち二人と三位一体だったからこそ、あの強さになっていたのだ。お前一人ならば、この程度に過ぎん」

「うっ……!」

 トゥリブスの呻き声は、ピペタの言葉が図星だったからなのか、あるいは、単純に苦痛からのものなのか。

 どちらにせよ。

 ピペタが力を込めて騎士剣を押し込み、トゥリブスの臓物を抉ったことで、もはや彼は何も言えなくなってしまった。その体からピペタが剣を引き抜くと、ダラリと崩れ落ちる。

 こうして『飛翔気流三兄弟』の末弟、小柄なトゥリブスもまた、この場で絶命したのだった。


――――――――――――


 意識を失ったウーヌムは、みやこケンがリールを巻くのに応じて、ズルズルと窓の方へ引きずられていく。

 一方、廃屋あばらやの外から、同じ窓に歩み寄る女が一人。重い水晶玉を抱きかかえる、ゲルエイ・ドゥだった。

 小屋に手が届く距離まで彼女が辿り着く頃には、ちょうどウーヌムの体も、窓際まで運ばれていた。

 ゲルエイは、遠くの少年に呼びかける。

「もう十分だよ、ケン坊」

「はい、ゲルエイさん!」

 リールを巻く手を止めるケン。

 それでもルアー竿ロッドから伸びる糸は緩めておらず、彼が釣り上げたウーヌムは、窓のところに引っ掛かって、無理矢理に立たされる形になっていた。まるで、出来損ないの操り人形だ。

 ガラスの抜けた窓の大穴から、ゲルエイは中に腕を突っ込んで……。

 眠ったままの彼に対して、聞こえないのを承知の上で話しかける。

「あんたの運勢、占ってやろうか?」

 オモテの商売道具でもある水晶玉を、両手で大事そうにかかえているが、本当に占うつもりなどなかった。

 占い屋で使う時とは異なり、この水晶玉には今、強化魔法コンフォルタンがかけてある。少しくらい手荒に扱っても壊れないという頑丈さを付与した時点で、裏の仕事においては、使い勝手の良い凶器となっていた。

 なにしろゲルエイは、凄腕の魔法使いでありながら、攻撃魔法で人の命を奪ってはならない、という独特のルールを自分に課しているのだ。今回ガラス窓を凍らせて砕いたように、攻撃魔法の対象は人間以外に限定。人に対しては、睡眠魔法のような補助魔法を使うに留めていた。

 だから、最後の仕上げには物理的な手段が必要となり……。

「……いや、占うまでもないね。あんたを待っているのは『死』だ」

 凶悪な鈍器と化した水晶玉を上から叩きつけて、ゲルエイは、標的の頭をグシャリと押し潰す。

 三人組の殺し屋『飛翔気流三兄弟』の長兄であり、リーダーでもあったウーヌム。彼はこうして、眠ったまま弟たちの後を追うようにして、一生を終えたのだった。


――――――――――――


 ピペタがトゥリブスを、そしてゲルエイがウーヌムを始末したのを見届けて。

 モノクは、両手の鉤爪を獲物の血で濡らしたまま、ポツリと呟く。

「依頼は実行された。これで完全に……」

 裏の仕事において毎回、標的が全て抹殺された時に、彼女の口から飛び出す台詞だった。いわば口癖であり、普通ならば、あとは黙り込むのだが……。

 今回のモノクは、少し違っていた。

「……だが、死すべき者が、もう一人残っている」

 と言いながら、立ちすくむ女に対して、鋭い眼光を向ける。

 そして死の宣告を与えるかのように、さらに言い放った。

「それは貴様だ、モデスタ・ドゥクス」

   

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