第十九話 黒い手紙
「……そういう経緯で俺は、おやっさんの最期に立ち会う形になったのだ」
仲介屋の最後の言葉まで、全て語り終えてから。
モノク・ローは、いつものように腕を組んで、壁にもたれかかった。
昼間の殺気が嘘のような、穏やかな態度に見えるが……。
今までのモノクとは何かが違う、とピペタ・ピペトは感じてしまった。見慣れた彼女の黒装束も、今夜だけは、暗殺者にありがちな格好というより、まるで喪服のように思えるのだった。
月明かりに照らされた廃墟、『幽霊教会』の中で。
ピペタが適当な瓦礫の上に座っているのも、ゲルエイ・ドゥが壊れかけの長椅子に腰を下ろしているのも、
モノクの話が終わっても三人とも黙ったままなのを見て、彼女は再び口を開く。
「おやっさんには、とても世話になった。俺の恩人だ。そのおやっさんが、『飛翔気流三兄弟』と名乗る三人組に殺されて……」
そこまで言いかけたところで止めたのは、今ここで言うべき言葉は別にある、と気づいたからだろう。何もなかったかのように、モノクは言い直した。
「おい、貴様たち。前に言っていたな? 復讐屋の仕事は、依頼人の恨みの重さで決まるのだ、と。ならば、この一件、引き受けてくれるのだろう?」
三人の顔を見回すモノクに対して、真っ先に応じてみせたのは、この場の最年長。見た目は若いが本当は百歳を超えている女、ゲルエイだった。
「あんたの話だと、そのジョンって男は『情けない、情けない』って言ったそうじゃないか。さぞや無念だったことだろうねえ」
「私にも、そう聞こえたぞ。ならば、その男の気持ち、晴らしてやらねばなるまい」
という言い方でピペタが続くと、ケンも黙って頷く。
するとモノクは、寄り掛かっていた壁から離れて、三人に歩み寄った。
「ありがとう。よろしく頼むぞ、ピペタ、ゲルエイ、少年」
懐から、三枚の大判金貨を取り出すモノク。
大判金貨一枚が普通の金貨百枚に相当するのだから、かなりの大金だった。これが仲介屋から託された依頼料、つまり壺の中にあった金なのだろう。
頭の中でピペタがモノクの話を思い返していると、その大判金貨を彼女は、三人に一枚ずつ手渡していく。
ずいぶんと律儀なやり方ではないか。少し驚き呆れて、ピペタは心の中で苦笑いを浮かべてしまうが、顔には出さなかった。
その代わりに。
「私にとっては、上司を警護するという話から始まった事件だ。だから、最初は
そう言ってから、少し冷たい口調で宣言する。
「ここから先は、裏の仕事だ」
「はい、ピペタおじさん! 僕たち復讐屋の仕事ですね!」
すぐさま呼応するケン。
これで話はまとまった、とピペタは思った。
「そうやって、男たち二人は、すぐカッコつけるけどさ……」
ゲルエイが、呆れ声で言葉を挟む。
「……なあ、殺し屋。実際のところ、どうするつもりだい? 標的の三人についてわかってるのは、『飛翔気流三兄弟』って異名だけ。まだ
その点は、ピペタも気になっていた。
三人で一体になって襲ってくるという、特殊な戦法を使う強敵だが、次は苦戦しないだろう。最初の夜にはピペタとモノクが、二度目はゲルエイとケンが戦ったことで、こちらの四人全員が、三人組の手口を理解しているのだから。
仲介屋の死に際のアドバイスにも「一人ずつに分断しろ」とあったが、言われるまでもなく、彼らに連携させるつもりは毛頭なかった。
それよりも。
問題となるのは、四人でどこに乗り込むのか、という点だ。ウォルシュを襲撃してきた『飛翔気流三兄弟』は、二度とも、少し邪魔が入っただけで撤退していく、という慎重な対応を見せていた。あの注意深さこそが、彼らの最大の武器なのかもしれない。これでは、
「それに関しては、俺に考えがある」
と、話を持ち込んできたモノク自身が、責任を持って申し出る。
「標的三人の他にも、始末するべき人間がいるからな。そちらを利用させてもらう」
そう告げた彼女の口元には、冷たい笑みが浮かんでいた。
――――――――――――
翌日。
つまり、入り口の月の第十九、大地の日。
夕方の遅い時間、一日の仕事を終わらせたモデスタ・ドゥクスは、家路についていた。
騎士団本部で大隊長代理として働くのは、今日で二日目。これまで補佐役として大隊長を支えてきただけあって、執務室での業務は完全に把握しており、既にモデスタは現状に慣れきっていた。むしろ街に出て見回りをするよりも疲れず、気楽な仕事のように思えるくらいだった。
まだ『代理』という余分な一言は付随しているが、ようやく手に入れた『大隊長』の肩書きだ。ウォルシュに復帰されては困る、とモデスタは考える。
このまま寝込んでいてくれたら殺す手間も省けるが、そこまで楽観はしていなかった。しょせん精神的な問題であり、いずれは回復するに違いない。その前に、絶対に始末しないといけないのだが……。
三日前や二日前の夜とは違って、昨夜、ウォルシュを襲撃する者はいなかった。三人組の殺し屋『飛翔気流三兄弟』は、邪魔に入るであろう『黒い炎の鉤爪使い』を排除するのが先決、と考えており、その方針はモデスタも承知している。
昨日も今日も三人は、『黒い炎の鉤爪使い』の素性や
あの仲介屋は、モデスタがウォルシュ殺しを企てたと知る人物でもあり、彼に消えてもらうことは、モデスタにとって好都合な話だった。理屈の上ではそうなるが、モデスタ自身は彼に恨みはなく、また裏の世界の人間とはいえ、しょせん仲介屋だ。それほど悪い人物とは思えず、少し心が痛んだ。
しかし。
「……仕方ないわね。あの三人と組む、と決めたのだから」
仕事帰りの者たちも少なくなった大通りで、歩きながら呟くモデスタ。その声には、複雑な想いが込められていた。
帰宅した彼女を玄関先で出迎えたのは、黒い執事服に包まれた白髪頭の老人だった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ありがとう、爺や」
彼に鞄を預けて手ぶらになると、フッと肩の力が抜けて、モデスタは気持ちが楽になる。
ドゥクス家の老執事は、彼女が生まれた時から仕えている古株だ。モデスタが屋敷の主人となった今でも、幼少の頃と変わらず「お嬢様」という呼び方だった。
本来ならば、モデスタの方で注意するべき事柄なのだろうが、厳しいことは言わずに許していた。両親を失ったモデスタにとって、彼は家族のようなものであり、「お嬢様」呼びは親愛の証と感じられたのだ。
「お嬢様、お手紙が届いております」
「あら、誰かしら?」
「わかりません。差出人の名前が書かれておりませんもので……」
済まなさそうな顔で、老執事がモデスタに渡した手紙。それは、真っ黒な封筒だった。見るからに怪しげだが、だからといって、執事の一存で処分するわけにもいかなかったのだろう。
「自分の名前を書き忘れるなんて、ずいぶんと、うっかりさんな差出人ね」
彼女自身でも信じていない言葉を、敢えてモデスタは口にする。
こう言っておけば、「不審物を主人に渡してしまった」という老執事の心の負担も、少しは軽くなるはずと思ったのだ。
自分の部屋に入ると、モデスタは騎士鎧を着込んだまま、ソファーに腰を下ろした。
いつもならば、まず鎧を脱いで、くつろげる格好に着替えるのだが……。手紙の内容次第では、またすぐに出かける必要があるかもしれない、と考えていた。
早速、問題の手紙を開封。
中の文面に目を通すうちに、表情が険しくなっていく。
「……これは!」
思わず叫んでから、モデスタは、慌てて部屋を飛び出した。
使用人の溜まり場に顔を出すと、
「ちょっと出かけてくるわ。遅くなるかもしれないから、その場合、私の夕食は夜食として、あなたたちで食べちゃってね」
と、召使いたちに言い残して。
黒い手紙を握りしめたまま、屋敷を後にするのだった。
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