第十七話 古い知り合い

   

「なるほど、そういうことですか……」

「何が『なるほど』なのかしら?」

 ピペタ・ピペトの呟きに対して、少し怪訝な表情を浮かべて、モデスタ・ドゥクスが反応する。

 微妙に失言だった、と思いながら、ピペタは慌てて取り繕った。

「大した意味はありません、モデスタ中隊長。今の今まで、ウォルシュ大隊長がおられないことを不思議に思っていたのですが、ようやく事情を理解できた、というだけです」

 もちろん、本当のところは違う。

 ウォルシュには襲撃者のやいばが届かなかったと知って、ゲルエイ・ドゥとみやこケンの二人が例の三人組を追い払ったに違いない、と納得していたのだ。

 可能ならば撃退するだけでなく生け捕りにする、という段取りだったが、そこまで上手く出来ただろうか。

 裏の仲間について考えつつ、モデスタに対しては、当たり障りのない言葉を続ける。

「それにしても、ノイローゼとは……。ああ見えてウォルシュ大隊長は、案外、神経の細いかただったのですな」

 口に出してから、これでは上司を揶揄しているように聞こえるかもしれない、と気づくピペタ。

 最初のものとは方向性が異なるが、失言に失言を重ねたようなものだ。とりあえず、会話をポジティブな方向へ持っていこうと考えて、さらに付け加えた。

「ともあれ、肉体的に怪我を負ったわけではないのなら、不幸中の幸いだった、と言えそうですね」

「ところが、そうもいかないのよ……」

 モデスタは、大きくため息を吐いた。

「確かにウォルシュ大隊長は無事だったけれど、東部大隊の騎士が一人、殉職してしまったの」

 正門から乗り込もうとした三人組の襲撃者に対して、その場を守っていた二人が立ち向かったものの、すぐに一人は失神。残った一人は奮闘したようだが、裏門の二人が駆けつけた時には既に絶命しており、敵の姿も消えていた。状況から判断すると、命と引き換えに賊を追い払った、ということらしい。

 これが、モデスタの説明だった。

「いきなり風魔法を使われた上に、亡くなった騎士には、ハンマーのような鈍器で殴られた形跡があるそうよ。つまり、あなたの報告にあった悪漢の手口と同じ、というわけです」

「一昨日の三人が、またウォルシュ大隊長を狙ったのですか……」

 言わずもがなだと思ったが、敢えてピペタは言葉にして、大げさに反応してみせた。

「東部大隊の話では、ウォルシュ大隊長の護衛を増やすそうです。今夜からは一個小隊ではなく、二個小隊か三個小隊を割り振る予定ですって。でも……」

 モデスタの口元に、不敵な笑みが浮かぶ。

「……あちらの手に余る案件ということになれば、うちに応援要請が来るでしょうね。そうしたら、あなたの出番ですよ、ピペタ小隊長。たった一人で問題の三人組を撃退した、という実績がありますもの!」

 そう言われると、ピペタとしては複雑な気持ちになる。実際には『たった一人で』ではなく、モノク・ローの介入があったおかげなのだから。

 そんなピペタの表情を、モデスタは照れ隠しと受け取ったらしい。

「とにかく、小隊として夜勤を頼まれるかもしれない、という点だけは覚えておいてね。私の方でも、いつでもシフトを変更できるように、準備しておくから。……今日は、それだけ言っておこうと思って、来てもらったのです」

 もしも夜の警護の助っ人に駆り出されたら、昼は休むことになるから、街の見回りは出来なくなる。そちらは、他の小隊に分担してもらう段取りになるだろう。その意味でモデスタは「いつでもシフトを変更できるように準備しておく」と言ったのだろうが……。

 ここでピペタは、ふと考える。

 そもそも、モデスタだって今日、街の見回りに出ずに『城』に詰めているということは、突然のシフト変更があったわけだ。モデスタ小隊の受け持ちの区域は、今ごろ他の小隊が見回っているのだろう。

 その手配を整えたのは、大隊長代理であるモデスタ本人だ。ウォルシュ大隊長が倒れたのは昨夜なのか、あるいは今朝になってから「来られない」と判明したのか、そこまではピペタも知らない。だが、どちらにせよ、モデスタの仕事ぶりは迅速で見事だったと考えられる。

 今まで気にしていなかったが、ピペタは初めて、モデスタが優秀な上司であることを実感したのだった。


――――――――――――


 同じく、入り口の月の第十八、黄金の日の朝。

 まだ店を開けてすぐの時間帯だというのに、街の小さな刃物屋に、三人の来客があった。

「邪魔するぜ、おやっさん」

 この店に足を踏み入れるのは初めてなのに、まるで常連客のような口調で呼びかける細身の男。後ろには、巨漢と小柄の二人を従えている。

「これはこれは……。珍しいやつが来たものだ」

 老主人が客の声に反応して、店の奥から顔を出した。わずかに眉を上げて、瞳の奥には鈍い輝きを見せている。

「お前さんと会うのは、何十年ぶりかい?」

「耄碌したのか、おやっさん。そこまでの歳じゃねえぞ、俺は」

 老主人ジョンの軽口に対して、ウーヌムは苦笑いを返した。


 少年時代のウーヌムが、まだ殺しの世界に足を踏み入れたばかりの頃。

 ジョンは凄腕の殺し屋として、その名を轟かせていた。

 通称『四刀流のジョン』。初めて耳にした時、どうやって四本も刀を持つのか、ウーヌムは不思議に思ったものだが……。

 その後、仕事を共にする機会が一度だけあった。実際に目にすると、ジョンのスタイルは、予想とは全く違うものだった。

 右手には騎士が扱うような形状の剣、そして左手には、大きめのナイフのような小太刀。その二刀を巧みに操り、まるで舞うように敵を斬り刻む。さらに暗器使いの一面もあって、口の中に針を隠し持っていた。いわゆる含み針と呼ばれるものであり、これも『刀』にカウントされていたらしい。

 だが、それだけでは三刀流だ。あと一本はどこに……?

 その疑問に対する答えは、殺し屋の先輩たちが、酒をあおりながら教えてくれた。

「おやっさんの最後の一本は、人斬りのための刀じゃねえ。女をヒイヒイ言わせるための刀だぜ」

「命を奪うどころか、逆に生み出してるんじゃねえか? それはそれで、不本意だろうけどな」

「ほら、股間についてるアレさ。男なら誰でも持ってるだろ? だが、おやっさんのは特別で、武器と言えるほどの優れものらしい」

 当時のウーヌムには、大人たちの下衆な話は、どこか汚らわしく聞こえたものだった。その手は既に血で汚れていたが、まだ一人前の男に成り切っておらず、純真無垢な一面も残っていたのかもしれない。


「なあ、おやっさん。昔のあんたは、確かに凄かったが……」

 若い頃を少しだけ懐かしく思い出しながら、ウーヌムは、狭い店内を見回す。

「……今じゃ、こんな小さな刃物屋の店主だ。仲介屋なんて形で中途半端に関わるのは諦めて、もう裏の世界からは、完全に足を洗ったらどうだい?」

「ほう。風使いの坊やが、ずいぶんと大きな口を叩くようになったじゃないか」

 冷たいジョンの声には、荒事に慣れた殺し屋すら怯えさせるような、強い威圧感がこもっていた。

 背後の二人が思わず後退あとずさりしたのを、ウーヌムは気配で感じる。

 実際、ウーヌムにも理解できていた。名義上は『仲介屋』であっても、数多くの殺し屋たちを傘下に収めている以上、むしろジョンは元締めのような立場なのだ、ということを。

「おやっさん、今のポジションを俺に譲るつもりはないか? おやっさんの代わりに、しっかりとサウザの街の裏社会を牛耳ってやるからさ」

 ウーヌムたち『飛翔気流三兄弟』がジョンの店に来たのは、『黒い炎の鉤爪使い』の素性を聞き出すため、というのが一番の目的だった。

 だが、それだけではない。この際ついでに、ジョンを隠居させて、彼の手駒もゴッソリ引き継ごう、と考えていた。『黒い炎の鉤爪使い』みたいな、仕事の選り好みが激しい殺し屋を配下に抱えているようでは、ジョンは元締めとして甘いのだ。今のジョンにはサウザの裏社会を任せておけない、とウーヌムは感じていた。

「今度の仕事が終わったら、俺たち兄弟は、都市警備騎士団に顔が利くようになるのさ。少しくらい無茶をしても、目こぼししてもらえる……。そういう人間がボスになった方が、何かと便利だって思わねえか?」

「おいおい。お前さん、依頼人の都合ではなく、私利私欲のために殺しを引き受けたのか。そいつは殺し屋の仁義に反するってもんだろ……」

 ウーヌムは理を説いたつもりなのに、ジョンは思いっきり表情を歪めた。

 やはりジョンは甘い、これでは話が通じない、とウーヌムは感じてしまう。この様子では『黒い炎の鉤爪使い』について尋ねたところで、口を割るとは思えなかった。

「どうやら、力づくで言うこと聞かせるしかないようだな……」

 ウーヌムの呟きに呼応して。

 彼の後ろで、ドゥーオが魔法武器のハンマーに魔力を込め、トゥリブスが大ぶりなナイフを構えるのだった。

   

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