第十六話 大隊長代理

   

 黒い三人組の殺し屋は、入ってきた時と同じように、モデスタ・ドゥクスの邸宅から静かに出ていく。そのまま足音ひとつ立てることなく、木々の間を駆け抜けて、屋敷の敷地から立ち去っていった。

 そんな彼らの一部始終を、森の木陰から見届けていた人影が一つ。

「やはり、そういうことか……」

 隠れる必要もなくなり、スッと姿を現したのは、いつもの黒装束を着込んだモノク・ロー。殺し屋たちの世界では『黒い炎の鉤爪使い』と呼ばれる女だった。


 モデスタの屋敷にモノクが来たのは、今から何時間も前のこと。以来、同じ場所に身を潜めて、ずっと見張り続けていた。

 今夜の『幽霊協会』における会合にて、ピペタ・ピペトから入手した都市警備騎士団の情報。ハッキリしたことはわからなかったが、モノクの依頼人の候補として、真っ先に調べるべきなのはモデスタという女性騎士のように思えた。

 だから、ウォルシュの屋敷はゲルエイ・ドゥとみやこケンに任せて、モノクはこちらに来たのだが……。

 とりあえず今夜は屋敷には侵入せず、外から探るだけにしよう、という方針が正解だったらしい。しばらく張り込みを続けている間に、あの三人組がやってきたのだから。

 彼らも黒装束に包まれているので特定は難しいが、遠くからでも三人の体型くらいはわかる。細身、巨漢、小柄というトリオだから、まず間違いないだろう。昨夜、ウォルシュを警護するピペタと一戦を交えた――そしてモノクの介入により引き上げていった――、あの三人組だ。

「しかし……」

 吸い込まれるようにして彼らが屋敷の中へ消えていった時、モノクは一瞬、躊躇した。

 三人組の殺し屋を雇ったのが誰にせよ、ウォルシュだけでなく彼の補佐役であるモデスタまでもが標的である、という可能性も考えられる。その場合、彼らの侵入を見逃すということは、モデスタを見殺しにするということだ。

 だがモデスタがモノクの依頼人だと確定していない段階では、無関係な他人に過ぎない。もしも今この場にいるのが正義のヒーローならば、助けに入るのが当然なのだが、

「フッ。復讐屋は正義の味方とは違う、か……」

 以前にピペタから言われた言葉を思い出して、小さく自嘲するモノク。

 確かに、自分のような殺し屋風情が、勝手な正義を振り回して人助けをしてもキリがない。下手をしたら、それで本来の仕事が台無しになる場合もあるだろう。

 そう考えて、モノクは見張りを続けることにした。

 すると、大して時間を置かずに、屋敷の一室がうっすらと明るくなる。窓のカーテンの隙間から、弱い光が漏れてきたのだ。どうやら、室内の誰かが、魔法灯の一つを点灯したらしい。

 問題の部屋は、一般的な屋敷の構造から考えて、住み込みの使用人に割り当てられたものではなく、当主の寝室のはずだった。

「つまりモデスタは、殺しの標的ではなかったのだな」

 三人組の殺し屋が害意を持って侵入したのであれば、わざわざ照明のスイッチを入れるわけがない。一方、部屋の主であるモデスタにしたところで、賊に押し入られたのであれば、すぐに大声で騒いでいるはず。

 そうならなかったということは、彼らは知り合いだったということだ。

 実際、モノクが様子を見ている間、しばらく部屋の照明は点灯したままだった。モデスタと殺し屋たちは、かなりの時間をかけて、何か密談していたらしい。

 そして、部屋が再び暗くなったのは、三人組が立ち去った後。これこそ、モデスタが彼らに殺されなかった、という確実な証拠だった。

「俺を雇ったと思われる女が、あの三人組の依頼人だった……」

 まだモノクの雇い主だと決まったわけではないから、モデスタは三人組の方の依頼人であり、モノクの方は別にいる、という可能性もあるのだが。

 素直に考えるのであれば、モデスタがモノクに続いて三人組も雇った、という話なのだろう。

「やはり、そういうことか……」

 と、呟きながら。

 大きな収穫があった、とモノクは思うのだった。


――――――――――――


 翌朝。

 つまり、入り口の月の第十八、黄金の日の朝。

 ピペタはいつも通り、都市警備騎士団の詰所で部下たちと合流して、街の見回りに向かおうとしていた。

 しかし、

「ああ、ピペタ隊長! まだおられましたね! よかった、行き違いにならなくて……」

 慌てて駆け込んできた若い男に、呼び止められてしまった。

「どうしたのだ、そんなに息せき切って……。まずは落ち着いて、深呼吸しなさい」

 年長者らしく、穏やかに声をかける。

 相手の名前はわからないが、顔は見たことがある。騎士団本部――通称『城』――で働く、騎士見習いの一人だった。

 彼は言われた通りに大きく深呼吸して、それから用件を口にする。

「大隊長代理がお呼びです。見回りの前に、本部へ立ち寄って欲しい、とのことです」

 それだけ告げると、伝令の役目は果たしたと言わんばかりの態度で、ピシッと敬礼してから回れ右して、足早に立ち去っていった。

 どうせ『城』へ戻るのであれば、ピペタたちと同行しても良さそうなものなのに。

 だが、疑問に思うべき点は、そこではなかった。

「『大隊長がお呼びです』ではなく『大隊長代理が』と言いましたね?」

 確認するかのように、口に出すウイング。

 その点は、当然ピペタも気づいていた。ウォルシュ大隊長の身に、何か起こったに違いない。

 ピペタだけでなく部下たちも知っている、一昨日の夜の襲撃の件。それに加えて、ピペタは昨夜、裏の仲間であるモノクから「ウォルシュを殺すように頼まれた」という話を聞かされているのだ。ウォルシュに危険が迫っていることを、他の誰よりも理解している立場だった。

 昨夜は一応、ゲルエイとケンの二人がウォルシュ大隊長の屋敷を見張っていたはず。だが、そこで何があったのか、あるいは何もなかったのか、まだ報告は受けていなかった。

「どうやら不穏な話がありそうだが……。詳しいことは、行けばわかるだろう。さあ、『城』へ向かうぞ」

「はい、ピペタ隊長!」

 頭の中では色々と想像しながらも、ピペタは部下と共に、騎士団本部へと急ぐのだった。


 遠くからでも目立つ、特徴的な丸い屋根。近づくとわかる、直方体と円筒形を組み合わせたデザインの建物。それでいて、まとまりがないといった印象はなく、むしろ建築美とか機能美といった言葉が相応しい。

 これが『城』と呼ばれる、都市警備騎士団の本部だった。

 ピペタ小隊の四人はその『城』に入り、階段を上がって、南部大隊の隊長執務室へ。おそらく今日はウォルシュ大隊長は不在だろうに、いつもと同じく扉が開きっぱなしなのは、大隊長代理がウォルシュを模倣しているのだろうか。

「ピペタ・ピペトです。部下三名と共に参りました」

「よく来てくれましたわ、ピペタ小隊長」

 ピペタの挨拶に応じたのは、モデスタ中隊長だった。大隊長に何かあった場合、補佐役である彼女が大隊長代理となるのは、理に適った話だろう。

 都市警備騎士としては、そう納得できるのだが、ピペタには裏の世界の人間という一面もある。そちらの観点から考えると、モデスタは、モノクの話にあった怪しい依頼人の候補。そのモデスタが早速、隊長執務室で大隊長の椅子に座っているのは、偶然とは思えなかった。

「とりあえず、座ってくださいな」

 言われるがまま、ピペタたちがソファーに腰を下ろす。その間も、モデスタの言葉は続いていた。

「あなたたちには、真っ先に事情を話しておこうと思いましてね。それで来てもらっただけなので、そう硬くならずに、リラックスしてくれて結構ですわ」

 身を以てその『リラックス』を示すつもりなのか、あるいは無意識の仕草なのか。モデスタは、執務デスクに両肘をついて手を組み、その上に顎を乗せた。

「驚かないで聞いてくださいね。ここにウォルシュ大隊長が不在な時点で、もう察していると思いますが……。昨夜、彼の屋敷が襲撃を受けたのです」

「なんと!」

「『驚かないで』と言ったのに……」

 声を上げたピペタに対して、苦笑してみせるモデスタ。

 ピペタとしては、屋敷が襲われたというニュースそのものは、驚くべき話ではなかった。あらかじめ予想しており、ゲルエイとケンを配置しておいたくらいだ。

 問題は、あの二人ではウォルシュを守れなかった、ということ。ピペタも一昨日、モノクの助けがなければ危なかったくらいだから、敵の強さは十分に承知しているが……。それでも、ゲルエイとケンのコンビならば大丈夫、と信頼していたのだ。

 そんなピペタの内心は知らずに、モデスタは、さらなる事情を語り出した。

「ウォルシュ大隊長に関しては、そこまで心配する必要はありません。命に別状はないのですから。ただ、精神的に参ってしまって……。ノイローゼみたいなものかしら。二晩連続の襲撃というショックで、寝込んでしまいましたの!」

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る