第十五話 飛翔気流三兄弟

   

 三人組の殺し屋、通称『飛翔気流三兄弟』。

 その長兄であるウーヌムは、モデスタ・ドゥクスと初めて対面した日のことを、おそらく一生忘れないだろう。


 そろそろ空も暗くなるという夕暮れ時。

 アジトとして使っている廃屋あばらやに、騎士鎧を着込んだ女が単身で乗り込んで来た時には、さすがのウーヌムも驚いた。

 ドゥーオは魔法武器であるハンマーに魔力を込めて、トゥリブスは愛用のナイフを手に身構えたが、

「二人とも、待て!」

 ウーヌムは、弟たちを制止する。いくら驚いたとはいえ、冷静さは失っていなかったのだ。

 だから彼らを諭す意味で、口に出して説明し始めた。

「よく見ろ。入ってきたのは、この女一人だ」

 通常、都市警備騎士は四人一組で行動するはず。大きな捕物であれば複数の小隊が駆り出されるだろうが、どちらにせよ、単独行動は考えられない。

 仲間が建物を取り囲んでいる、という気配は感じられないし、そもそも伏兵を配置するのであれば、わざわざ危険を犯して一人だけ姿を見せる必要もないだろう。

「そんな格好だが……。貴様、警吏として来たわけではなさそうだな?」

「あら、さすがですね。わかっていただけるなら、話が早いですわ」

 ニヤリと笑いながら、女は言葉を続けた。

「私は殺し屋を雇いたいの。ウォルシュという男を始末して欲しくて」


 女はモデスタ・ドゥクスと名乗り、現在は中隊長だがまもなく大隊長になる、と語り出した。

 いかにも女性的な冗長な話だったが、要するに、出世の邪魔になる上司を片付けてくれ、という依頼らしい。

「都市警備騎士が、そんな理由で同じ騎士を殺そう、っていうのかい? 信用できねえなあ」

 真っ先に反応したのは、末弟のトゥリブスだ。ドゥーオは無口な性分だから、黙ったままだった。

「兄貴、こんな与太話を信じる必要ないぜ。女一人だ、さっさとっちまおう!」

「そう焦るな、トゥリブス」

 顔をしかめながらウーヌムが弟を止めると、モデスタは小さな声で呟く。

「弟さんと違って、お兄さんは賢いのですね」

「なんだと?」

 手にしたナイフに、力を込めるトゥリブス。

「二人とも、やめろ!」

 ウーヌムは吐き捨ててから、諭すようにモデスタに告げた。

「悪気はないのだろうが、その言い方では、煽ってるようにしか聞こえないぞ。俺たちみたいな殺し屋相手にその態度だと、命がいくつあっても足りない、ということは覚えておけ」

「あら、ごめんなさい」

 軽く謝罪を口にしてから、モデスタは言葉を続ける。

「保険として一応、屋敷には『飛翔気流三兄弟』に関する捜査資料を残してありますの。ここで私が死んだり行方不明になったりすると、それがおおやけになるから、あなたたちも困るでしょう? だから、私には手出ししない方が懸命ですわ」

「そういうのは真っ先に説明しないと、『保険』として機能しないだろ」

 苦笑するウーヌム。

 殺し屋のアジトに一人で踏み込んできて平然としているのだから、このモデスタという女騎士は、よほど肝が座っているのだろう。少し抜けているところもあるようだが、手を組む相手としては悪くない、と思えた。

「俺たちが今の大隊長を殺すことで、あんたが次の大隊長になる。それって、俺たちがあんたを、大隊のトップに立たせてやるようなものじゃないか?」

「恩着せがましい言い方は嫌いですけど……。あなたの言いたいことは、私にもわかります。これからもよろしく、という意味でしょう?」

「まあ、そういうことだ」

 わかりにくい言い回しではあったが。

 この依頼をやり遂げたら、都市警備騎士団南部大隊の大隊長様とコネが出来る、ということだ。切っても切れないほどの、強力なコネが。

「今後、何かあっても揉み消してもらえる、と考えたら……。悪い話じゃなさそうだな」

 後ろでトゥリブスがそう呟いているので、頭に血が上りやすい弟でも、きちんと事情は理解できたらしい。


 こうして話をしている間。

 モデスタが嘘を言っていないかどうか、その表情や態度から見極めるためにも、ウーヌムは彼女をジロジロと観察していた。すると、少し違う意味でも、見えてくるものがあった。

 最初は中年の女性騎士に思えたが、よくよく眺めてみると、そこまでの年齢としではなさそうだ。容貌も美人というわけではないが、素朴な魅力が感じられる。

 そもそもウーヌムは、女の好みがうるさい男だった。若い娘は女である以前に子供に思えるからあまり抱く気がせず、かといって年齢が釣り合う女は男の手垢にまみれており、やはり気乗りがしなかった。

 その点、若くもないし男慣れもしてないようなモデスタは、ウーヌムの好みにピッタリだったのだろう。

 もちろん、立派な騎士の家柄であるモデスタが、ウーヌムのような男を相手にするはずはなかった。ウーヌムの方でも、今現在、積極的に彼女を口説くつもりはなかったが……。

 そこは、男と女だ。深い秘密を共有した上で関わっていくうちには、何かの流れで、いつか体を重ねることになるかもしれない。

 そんなことも考えて。

 ウーヌムは、モデスタと組むことを決めたのだった。


――――――――――――


「心当たりと言われても……」

 ネグリジェ姿のモデスタが、ベッドの上で小首を傾げる。

「しょせんウォルシュは小物ですわ。こっそり自分の手駒を揃えるような甲斐性があるとは思えません。そうなると……」

 思案するような表情で少し俯いた後、再び顔を上げて、ウーヌムに答えた。

「『黒い炎の鉤爪使い』かもしれませんね。仕事を奪われたと思って、妨害する側に回ったのではないかしら。そんな暇があるなら、ウォルシュのこと、さっさと殺してくれたら良かったのに」

「おい、どういう意味だ」

 自分で思った以上に、声を荒げてしまうウーヌム。

 モデスタが口にした『黒い炎の鉤爪使い』は、それなりに名の通った殺し屋だった。だが、あくまでも裏の世界における話であり、オモテの人間ならば耳にしたことはない名前のはず。それなのにモデスタが知っているということは、個人的に調べた結果なのか、あるいは……。

「あら。そういえば、言っていませんでしたね。最初は、その『黒い炎の鉤爪使い』という女の人に頼んだのです。でも……」

 刃物屋を営む仲介屋に、『黒い炎の鉤爪使い』を紹介してもらったこと。正当な理由がなければ殺しは引き受けないというから、彼女が気に入りそうな殺害動機をでっちあげたこと。それなのに、いつまで待っても依頼が遂行されなかったこと……。

 そうした事情を、モデスタは説明していく。

「……もう向こうが勝手にキャンセルしたようなものでしょう? 私も彼女には見切りをつけて、あなたたちを探し出したのですわ」

「兄貴! やっぱりっちまおうぜ、この女!」

 ナイフを構えるトゥリブスに対して、

「やめろ!」

 内心では彼が怒るのも無理はないと思いながら、ウーヌムは制止の声を上げた。

 続いてモデスタに向き直り、嘆息まじりで告げる。

「そういうことは、最初に言って欲しかったな」

「あら、ごめんなさい。もう済んだことだから言う必要もない、と思って……」

「その判断は、こちらでする。もう言い忘れたことはないな?」

 少し天然気味にも見えるモデスタだが、警吏の中隊長にまで出世するくらいだから、そこまで極端に抜けているはずがない。実際には『言い忘れた』わけではなく、先に他の殺し屋を雇ったとは言い出しにくかったのだろう。

 ウーヌムはそう見抜いたが、これ以上は波風が立たぬよう、敢えて口には出さなかった。

「ええ、大丈夫です。それに『黒い炎の鉤爪使い』の件で懲りたから、ウォルシュに消えてもらいたい理由も、あなたたちには全て正直に話したのですよ」

 平然と言ってのけるモデスタを見て。

 これで事情は読めた、とウーヌムは思った。

 モデスタは騙し通したつもりでいるようだが、殺しの依頼において、そう簡単に素人の嘘が通じるはずがない。『黒い炎の鉤爪使い』の方では、怪しいと感じていたのだろう。まだ仕事を引き受けるとも断るとも決めかねていたからこそ、標的であるウォルシュについて調べており、先に始末しようとする者に対しては邪魔をしたのだ。

「そういうことなら……。まずは、その『黒い炎の鉤爪使い』を始末しないといけないかもしれん」

「あら、ごめんなさいね。最初に私が、使えない殺し屋に頼んでしまったせいで、仕事を増やしちゃって……」

 あまり「済まない」と感じている口調には聞こえないが、とりあえず、その点はスルーして。

 ウーヌムは、大事な点を確認する。

「あんた、直接『黒い炎の鉤爪使い』と顔を合わせたのだろう? 素性はわかるか?」

「残念ながら、わからないわ。ただ女性ということだけで……」

「そうか。ならば……」

 いったん言葉を切って、少し上を向いてから。

 考えをまとめるようにして、ウーヌムは呟くのだった。

「……そいつを手配した仲介屋のところへ、行くしかないだろうな」

   

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