第十四話 続・寝室の女騎士

   

 内に秘めた人格には問題があるとしても。

 女性騎士でありながら都市警備騎士団の中隊長にまで出世しただけあって、モデスタ・ドゥクスは、警吏としては優秀な人間だった。


 若い頃からモデスタには、空いた時間を使って未解決事件を調べる、という習慣があった。

 真相の究明は無理と判断されて、捜査が打ち切られた事件ばかりだ。個人的に探る限りは誰にも咎められることはなかったし、もしも解決できれば、確実に手柄となる。彼女なりの、真っ当なポイント稼ぎの一環だった。

 現在のように大隊長を補佐する中隊長になってからは、そんな調査をする時間は、なかなか作れなくなっていたが……。

 以前に調べた範囲から、モデスタは何となく感じていた。騎士団の想定よりも大勢の殺し屋が、この地方都市サウザでは暗躍しているらしい、と。

「そういうことなら、街の人々に殺し屋を斡旋するような、裏の世界の仲介屋がいるはずよね。一般市民と殺し屋が直接の知り合いのわけないから、誰かが間に入らないと、殺しの依頼は出来ないわ」

 ウォルシュ大隊長と共に働く時間を少し減らして、以前の調査の続きをするようになり……。

 モデスタは、ついに一人の仲介屋に辿り着いたのだった。


 都市警備騎士として摘発すれば、大きな功績になるのだろう。だが、上のポストが埋まっている現状では、これ以上の手柄は大した意味がない。

 だから。

「ごめんください」

 モデスタは、普通に客として、その店を訪れた。おもての看板に『ジョンの刃物屋』と書かれている、こぢんまりとした商店だ。

「はい、いらっしゃい」

 薄暗く、手狭な印象の店内。カウンターから出てきた老人は、昔はハンサムだったのだろう、と思わせる顔立ちだった。だが、さすがに歳をとり過ぎていて、モデスタの興味の対象にはならなかった。

 店主の方でも、品定めするかのような視線で、モデスタをジロジロと見てくる。失礼な庶民だ、と内心では憤慨するが、その気持ちをグッと抑えて、モデスタは穏やかに声をかけた。

「こちらは……。刃物を取り扱っているお店ですわね?」

「はい、騎士様。ですが、庶民が使う包丁程度がメインで、騎士様の腰に差すような剣はありませんぜ」

「あら、それは残念」

 言葉とは裏腹に、モデスタの口調には、失望の色はなかった。それよりも、どうやって本題に持ち込もうか、と少し悩んでいると、

「もちろん、ナイフくらいの武器は売っております。それに、私が見た限り、騎士様は特別なを欲しておられるようで……。それでしたら、うちでご用意できるかもしれません」

 店主がピクリと眉を動かした。同時に目つきも変わり、瞳の奥には不気味な光。モデスタが都市警備騎士として何度も捕縛してきた、凶悪な悪人たちと同じ目の輝きだった。

「さすがは、こういう店の主人。私が何を買いたいのか、簡単に見抜いてしまうのですね」

あきないってやつは、そういうものですから。それで、誰を始末したらよろしいので?」

「……!」

 あまりにストレートな物言いに、モデスタは一瞬、絶句する。

 だが、よくよく考えてみると。

 これくらいの人間でなければ、裏稼業の仲介屋なんて続けられないのだろう。

 素人である客の方からは、なかなか暗殺依頼を口に出さないはず。だから仲介者の方から腹を割って、話を引き出すのだ。

 もちろん、普通に刃物を買いに来た客に、そんな対応をしてしまったら大問題だ。裏の客かオモテの客か、それを見極める眼力こそが、仲介屋に一番必要な資質に違いない。

 警吏として、そう察するモデスタ。だが今の彼女は、都市警備騎士ではなかった。一人の依頼人として、この店にやって来たのだ。

「そう言ってもらえると、話が早くて助かりますわ。……ええ、そうです。私が求めているは、腕の立つ殺し屋。都市警備騎士団の大隊長を殺せるような人物ですの」


 そして紹介されたのが、『黒い炎の鉤爪使い』と名乗る殺し屋だった。

 仲介屋の説明によると、腕は一流。ただし独特のポリシーを持っており、死んで当然の悪人しか殺さないのだという。

 ならば、騎士団における出世とか、横恋慕に近い感情とか、正直な動機を話しても引き受けてもらえないはず。そう考えたモデスタは、大隊長補佐という仕事で苦労している話を少し捻じ曲げて、横暴な上司に色々と押し付けられて困っている、というストーリーを作り上げた。

 どう見ても無理な量の仕事を与えられて、それが出来なければ公然と侮蔑されて……。もう精神が参ってしまって、死んでしまいたいと思うほど……。

 夜の妄想が日課のモデスタにとって、まるで事実のようなフィクションを考え出すのは、得意中の得意。

 こうして、作り話を用意した上で、いざ『黒い炎の鉤爪使い』と対面してみると。

 殺し屋は、男ではなく女だった。

 そこで、女性の同情を引く意味も込めて、さらに話をってみた。ウォルシュに遊ばれて、純潔を踏みにじられた、と匂わせたのだ。

 空想の中では何度も彼と体の関係があった上に、現実のモデスタは、結婚記念日の話を持ち出された時点で「捨てられた」という気分になっている。だから「ウォルシュに弄ばれた」と思い込むことは簡単であり、迫真の演技となったに違いない。


 殺し屋に仕事を頼んだ時点で、もうモデスタは、大船に乗った気分。

「これでウォルシュの死は確実ね。私が大隊長になることも決まったわ!」

 と思ったものの、なまじ優秀な警吏だけあって、別の観点からも考えてしまった。

 ウォルシュが殺されて、最も得をするのはモデスタだ。つまり、最も疑われるのはモデスタということになる。

 ならば、せめてアリバイだけでも用意しておこう。殺し屋が動くのは、真っ昼間ではなく、夜の間だろうから……。

 そう思ったモデスタは、なるべく毎晩、他の騎士たちと時間を過ごすようになった。さすがに一晩中というわけにはいかないが、なるべく遅くまで、飲んだり食べたり……。

「これって、部下の騎士たちに酒や食事を奢っている、と見えるのでしょうね。部下思いの優しい上司だと思われるのかしら。それなら、騎士団における私の評判も良くなるし、一石二鳥だわ!」

 自分に都合よく解釈するモデスタ。

 そのような好意的な捉え方ではなく、「男漁りをするようになった」という下衆な噂が流れ始めるのだが、彼女自身は、全く気づいていなかった。


 しかし。

 モデスタがアリバイ工作を頑張っている間、殺しの依頼が遂行される気配は、一向に現れてこなかった。

 部下たちに酒や食事を振る舞うのだって、さすがに、いつまでも続けるわけにはいかない。下手な工作活動のせいで、余計にモデスタは焦ってしまって……。

「ダメだわ! あの『黒い炎の鉤爪使い』という殺し屋、全く頼りにならないじゃないの!」

 新たにウォルシュ殺しを依頼し直そうと考えて、別の殺し屋を――刃物屋の仲介屋を通さない別口を――探し出したのだった。


――――――――――――


「『あら、あなたたちですか』じゃねえよ。何を悠長なこと言ってやがる」

 顔をしかめたウーヌムの声には、少し呆れたような響きが含まれていた。

 ウーヌムと弟たちに――合わせて三人の殺し屋たちに――、寝ているところを覗き込まれても、モデスタは気にも留めていないらしい。ベッドの上で上体を起こした彼女は、ネグリジェ姿のまま、彼らに対応していた。

「こんな夜更けに、雁首そろえて私の寝室へ来るなんて……。夜這いなんて頼んだ覚えはないのですけど」

 さらに小声で「初めてが四人プレイというのは、いくらなんでも困るわ」という独り言があったのだが、それが聞こえたのは、一番近くにいたウーヌムだけに違いない。

「気持ち悪い冗談はめろ」

「あら、ごめんなさい。ええ、冗談です。私だってわかっていますわ。本当のところは、殺しの報告に来たのでしょう? 今夜こそ、確実に仕留めたのですね?」

「ああ……。それも少し違う」

 あまり気乗りしない話だが、ウーヌムはハッキリと告げた。

「残念ながら、今夜も邪魔が入って仕損じた。護衛の騎士は役立たずだったが、また胡散臭い連中が介入してきたのだ」

「つまり、昨夜の二の舞というわけですね……」

 モデスタは、あからさまに表情を歪める。

 実際には、同じ都市警備騎士とはいえ、昨夜の一人は今夜の二人よりも手強てごわかった。剣を交わしたトゥリブスなどは「あれは何人も人を斬ってきた者の剣さばきだぜ」と言っていたくらいだ。

 だが、今そこまで説明する必要もあるまい。そう判断して、ウーヌムは話を先に進める。

「今夜のやつも昨夜のやつも、手口は違えど、どちらも裏の人間のようだった。つまり俺たち以外にも、そういう連中がウォルシュって男に関わってる、ってことになる」

 細かな表情の変化も見逃さないくらいに、モデスタを凝視しながら。

 ウーヌムは冷たい声で、質問を突きつけた。

「……おい、何か心当たり、あるんじゃねえか? 王都から来たボンクラ騎士を殺すだけ、って話にしては、どうも様子がおかしいぞ?」

   

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