第十一話 門前の攻防
ウォルシュの屋敷に駆け寄ってきたのは、三人の男たちだった。
細身、巨漢、小柄と、体型こそ異なるものの、三人とも同じような黒装束を着込んでいる。見るからに怪しげな風体であり、門の前に立ちはだかる騎士も巡回していた騎士も、その身に緊張が走った。
二人とも腰から騎士剣を引き抜き、黒い三人組に対して、迎え撃つ姿勢を見せたのだが……。
「ヴェントス・イクト・フォルティシマム!」
細身の男が唱えた超風魔法ヴェントガにより、吹き飛ばされてしまう。
一人は門に叩きつけられ、倒れ込んだまま、起き上がる気配はなかった。どうやら、気を失ったらしい。
もう一人は何とか立ち上がり、携帯していた小筒を上空へ向けて発砲。ポンッという軽い音と共に、一瞬だけ夜空が明るくなる。襲撃者が来たという合図の照明弾であり、裏門に配置された二人にも、これで事態は伝わっただろう。
続いて、改めて剣を構えようとするが、彼の健闘はそこまでだった。
「フンッ!」
いつのまにか目の前まで迫っていた大男が、巨大なハンマーを振り下ろしてきたのだ。
その一撃を食らって、首がありえない角度に曲がると同時に、ドサッと崩れ落ちる。
「けっ。もう一人みたいに大人しく寝てりゃあ、俺たちだって命までは取らねえっていうのに……。真面目なやつほど早死にするんだぜ、騎士なんてものは」
小柄な男の皮肉げな言葉は、もはや絶命した騎士には届かなかった。
――――――――――――
「ケン坊! 打ち合わせ通り、捕獲作戦だ!」
「はい、ゲルエイさん!」
街路樹の上から門前の騒動を眺めつつ、状況をゲルエイ・ドゥに伝えていた
いっそのこと護衛の騎士が二人とも殺されてしまえば、ケンやゲルエイも出ていけるのだが、そうはならなかった。残った一人が息を吹き返すかもしれないから、まだ隠れておくのが望ましい。
とはいえ、この位置からでは、ゲルエイは黒い三人組を目視できない。そして狙いが定まらない以上、睡眠魔法ソムヌムを使うのは難しい。だから三人組のうちの一人を――捕まえやすそうな男を――、ゲルエイの視界に入る位置まで、引きずり出す必要がある。
そのために役立つのが、ケンのルアー
この世界の釣竿とは違ってリール竿なので、そこから伸びる
もちろん本来ならば、釣り糸で人ひとりの体重を支えるのは困難だろう。しかし、その点も対策済み。ゲルエイの強化魔法コンフォルタンで強度を高めてあるので、ちょっとやそっとのことでは、糸が切れる心配もなかった。
つまりケンのルアー
キャストの正確さには自信のあるケンが、愛用のルアー
ルアーは狙い通りに、黒い三人組の一人に向かって飛んでいき……。
「ヒット! 大物ゲットだぜ!」
枝に腰掛けたまま、ケンが叫ぶ。
下で待機しているゲルエイにも、その声はハッキリと聞こえていた。
――――――――――――
「兄貴たち、気をつけろ! 何か来る!」
小柄なトゥリブスが、注意を呼びかける。
昨夜の戦いでは、標的の護衛を今一歩のところまで追い詰めながらも、横合いからの投擲武器で彼のナイフを弾き飛ばされて、撤退という形に終わっていた。
最後の一撃を食らった張本人なだけに、今夜も同じような横槍が入るのではないか、と他の二人以上に警戒していたのだ。だからこそトゥリブスだけが、異様な風切り音を察知できたのだろう。
しかし、何かが三人に向かって飛んでくる、とわかっていても……。
薄暗い街灯と星明かり程度しかない夜の闇の中、肉眼で捉えることは難しい小さな物体が、トゥリブスの腕に襲いかかる。
「……ん?」
ナイフを弾き飛ばす勢いのあった、昨夜の武器とは違う。もっと軽い感触であり、攻撃されたとは思えないくらいだ。
違和感に戸惑ううちに、右の上腕部には、糸状のものが巻き付いていた。その先端には小型の鉤爪があるらしく、直後、小さな痛み。腕にグサリと突き刺さったのだ。
「なんだ、これ?」
見たことないタイプの鉤爪だった。金属製の爪の部分は理解できるものの、オモチャにしか見えない棒状の部分は、どういう機能の武器なのだろうか。
一瞬ポカンとしながらも、反射的に左手で、その鉤爪を毟り取ろうとする。だが、ガッシリと腕の肉に食い込んでいて、なかなか外れそうになかった。
「ならば……!」
右手のナイフを左に持ち替えて、糸の部分を切ろうとしたのだが……。
その瞬間。
その『糸』で右腕をグイッと引っ張られて、トゥリブスはバランスを崩した。
「ドゥーオ!」
叫んだのは、トゥリブスの様子を見ていた細身の男。三人組のリーダー、ウーヌムだった。
ウーヌムにしてみれば、トゥリブスが「何か来る!」と叫んでから倒れそうになるまで、ほんの一瞬の出来事。そのまま引きずられそうなトゥリブスではなく、ドゥーオの名前を口にしたのは、さすがに三人の司令塔だった。
ドゥーオはドゥーオで、名前を呼ばれただけで、ウーヌムの意図を理解。引っ張られていくトゥリブスに駆け寄り、その太い両腕で後ろから抱きかかえる。
「助かったぜ、ドゥーオの兄貴」
と、トゥリブスが礼を述べたように。
巨体を活かして踏み留まるドゥーオは、その場に根が生えたように動かない。いくら引っ張られても、もはや連れていかれる心配はなかった。
この糸の反対側には、謎の敵が待っているはず。ここでトゥリブスとドゥーオが踏ん張っている間に、とりあえず敵のいる方角へ、ウーヌムが魔法を叩き込むことも出来るはずだが……。
なぜかウーヌムは、ジッとしたまま動かなかった。トゥリブスは少し不思議に思いながらも、
「けっ、こんなもの!」
中断していた行動の続きだ。右腕に巻きついた頑丈な糸へ、左手のナイフを叩きつけた。
しかし。
「……なぜだ?」
押しても引いても、一向に切れる気配はなかった。人ひとり引っ張っていくつもりならば、丈夫な糸であるのは間違いないが、それでも極端に太い紐ではないのだ。これだけピンと張った状態なのにナイフで切れないなんて、トゥリブスには理解できなかった。
「おそらくは魔法の糸だ。物理的な力を加えたところで、ビクともしないさ」
トゥリブスの疑問に答える、ウーヌムの声。
まるで「だから俺の出番だ」と言っているようにも聞こえて、トゥリブスは理解する。ウーヌムが攻撃に転じることなくスタンバイしていたのは、このためだったのだ。
敵と遭遇したら超風魔法ヴェントガをぶちかますことの多いウーヌムだが、彼は元々、魔力の高いタイプではない。そのレベルの魔法を二度も三度も放つことは不可能であり、だからこそ最初の一撃で相手を無力化できなかった場合に備えて、弟二人と組んでいるのだった。
とはいえ、一発の超風魔法ヴェントガで魔力が空っぽになる、というほどでもない。少ない魔力で発動できる魔法ならば、まだまだ使えるという自信があった。
だから、トゥリブスを捕捉した糸の先を睨んで……。
「ドゥーオ、しっかり踏ん張っておけよ」
と、改めて仲間に注意を呼びかけてから、
「イアチェラン・グラーチェス!」
弱氷魔法フリグガを放つ。もちろん狙いは、トゥリブスの腕に絡み付いた部分ではなく、そこから十分に距離を取った辺りの糸だ。
氷魔法としては最低レベルの魔法だが、細い糸の一部をピンポイントで凍らせる程度の冷気は、十分に有していた。氷と化した部分がパリンと粉々に砕けて、そこから糸が切れた形になり……。
勢い余って、後ろ向きに転ぶトゥリブスとドゥーオ。
立ち上がる二人に対して、
「この手口、昨夜のやつとは別口だろうな。だが、邪魔が入ったのは同じこと。今夜も引くぞ!」
ウーヌムは、冷静に撤退を指示するのだった。
――――――――――――
糸が切れたら、反対側でも似たような状況になる。
「うわっ!」
枝の上という不自由な足場で、頑張ってリールを巻いていたため、こうなるとケンは大変だ。それまでの反動で、思いっきり後ろへ倒れ込み、背中から落ちる形になった。
「おっと!」
下にいたゲルエイは、咄嗟にキャッチしようとするが、女の細腕で受け止めきれるわけがない。ケンと一緒になって、尻もちをついてしまう。
「ありがとうございます、ゲルエイさん。……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ。早くどいておくれ」
「ああ、はい」
クッションになってくれたゲルエイに礼を言いながら、彼女の上から降りるケン。
先に立ち上がって、ゲルエイを引っ張り起こす。
「魔法で強化したはずなのに、切られちゃいましたね」
「燃やすか凍らすかしたんだよ、おそらく」
ケンに手を引かれながら、ゲルエイは答えた。先ほど、それらしき呪文詠唱が聞こえてきた気がするのだ。
昨夜の襲撃について聞いた時点で、三人組に風使いが含まれていることは判明していた。どうやら風だけではなく、炎か氷の魔法も操る者だったようだ。
ケンが下に落ちてきた以上、もはや門の辺りの状況は見えないが……。
「昨日だって、殺し屋の介入があった途端、さっさと逃げてったくらいだ。あたしたちの存在に気づいたからには、もういなくなってるだろうね」
と、見えなくても敵の行動パターンは想像できた。
「捕獲作戦、失敗ですね……」
「悠長なこと言ってる場合じゃないよ。あたしたちも、ずらかるよ」
合図の照明弾によって、まもなく裏門の騎士たちも、こちらへ合流するはず。屋敷の住人たちも、騒動に気づいて起きてくるかもしれない。
問題の三人組を確保することも、屋敷に忍び込むことも無理になった以上、ここに留まる意味はなかった。
というより、もたもたしていたら見つかってしまい、三人組の仲間だと誤解されるだろう。
それくらいの事情は、ゲルエイだけでなく、ケンにも理解できているので、
「はい、ゲルエイさん!」
元気よく応じながら、リール竿から伸びる
もちろん、糸の先のルアーは失われているが、それは大した問題ではなかった。次回の召喚の際に、また新しいルアーをこの世界に持ち込めるからだ。
ゲルエイは「忘れずに持ってくるよう、ケン坊に言っておかないと」と思いながら、彼と共に、急いで逃げ出すのだった。
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