第十話 続々・廃墟に集う四人組

   

 モノク・ローは、自身の正義に基づいて仕事を引き受ける女だ。だから殺し屋としては、少し気難しい部類に入るのだろう。

 復讐屋ウルチシェンス・ドミヌスについても、最初、自分と似たようなものだと考えていた。「恨みのある者から金をもらって、恨みの対象である悪人を裁く」というシステムに思えたからだ。

 だか初めて仕事を共にする際、ゲルエイ・ドゥやピペタ・ピペトから、

「何が正義で、何が悪なのか。それを個人で判断しようとするのは、傲慢だよ」

「私たちは、別に『悪人を裁いている』とは思っていない。正義の味方とは違うのだ。私たちは、依頼人の恨みを晴らすだけだ。そこに善悪の判断は介入しない」

 などと言われて、彼女の捉え方を否定されていた。

 その経験を踏まえて……。


「依頼人の恨みの念さえ強ければ、たとえ標的がどのような人間であっても、構わず始末するのだろう? それが貴様たち復讐屋のスタンスなのだろう?」

 改めて確認するかのように、モノクが尋ねると。

 みやこケンの発言には無反応だったゲルエイが、今度は口を開く。

「これは一本とられたねえ」

 言葉だけ聞けば口惜しいかのようだが、むしろゲルエイは、ニヤリと笑っていた。モノクが復讐屋の信念に理解を示してくれて嬉しい、と言わんばかりの表情だ。

「実際のところ、あたしたちだって、そこまで非情には成りきれないさ。依頼そのものに関しては善悪の判断を差し控えるけど、標的の命を奪うに値する案件がどうか、少しくらいは考えないとね」

 そもそも復讐屋は、暗殺稼業というわけではない。相手を殺さずとも依頼人の恨みを晴らせるならば、それで仕事は終了だ。

 もちろん、実際には、そんなケースは少ないのだが……。今そこまで語る必要はないだろう、とゲルエイは思っていた。


 今回の案件で考えると、実際に何をされたにせよ、依頼人の恨みが深いのは間違いない。しかも、自ら死ぬことすら考えるほど、気持ちの上では追い詰められているのだ。相手を殺さない程度の復讐に留める、というのは難しく、もう標的を抹殺するしかなかった。

「でも、どちらにせよ……」

 これ以上その点に関して話が進まないよう、ゲルエイは、会話の舵取りを試みる。

「全ては、依頼人の話が真実である、という前提の上だよ。そもそも殺し屋だって、そこを疑っているからこそ、ピペタの話を聞いてみたかったわけだろう?」

「まあ、そういうことだ」

 渋々といった口調のモノク。

 別にゲルエイに対して不満があるのではなく、ピペタを呼び出しても問題が解決しなかったという現状を、苦々しく思っているに違いない。

「そうなると……。やはり標的近辺を探るより、依頼人の正体を突き止めて、その線から当たってみる方がいいんじゃないかねえ?」

「モノクお姉さんの話に出てきた仲介屋の人なら、当然、依頼人が誰なのか知ってるんですよね?」

 ゲルエイに続いてケンも建設的な意見を述べたつもりなのだろうが、

「それは駄目だ、ケン坊」

「依頼人が身元を隠して接触してきた以上、殺し屋には知らせないのが仲介屋の仁義だよ」

 ピペタとゲルエイの二人がかりで、却下されてしまう。

「むしろ仲介屋に協力を仰ぐなら、情報屋を紹介してもらって、ウォルシュについて調べてもらう方がいい。それは俺も考えてみたのだが……」

 モノクの言葉は、ゲルエイには少し興味深いものだった。

 仲間がおらず単独で動く殺し屋だからこそ、おそらく今までも、一人で探れない部分に関しては、情報屋を雇っていたのだろう。

「……貴様たちに話を持ちかけた時点で、そこまでせずとも、四人で対処できる案件だと思ったのだ。だが、俺の見込み違いだったか?」

「あたしたちのこと、ずいぶんと買ってくれてるじゃないか。そこまで言われたら、期待に応えないといけないねえ」

 冗談口調のゲルエイだが、出来る限りの協力はする、という真面目な意思表示だった。

 ピペタは黙って頷き、ケンは口を開く。

「ゲルエイさんとかピペタおじさんとか、この世界の二人はいいとして……。僕に出来ることって、何かあります?」

 下調べの段階では、役に立たない。ケンはそう自覚しているようだが、ゲルエイは、あっさりと否定してみせた。

「そりゃあ決まってる。ケン坊はあたしと一緒に、ウォルシュってやつの屋敷を見張るのさ」


「うむ。私がウォルシュ大隊長の屋敷を探れるならば、それが一番だが……。毎晩のように騎士寮から抜け出す、というわけにもいかんからな。殺し屋だって、ずっと同じ屋敷に張り付いているのは飽きただろう?」

 ピペタの言葉に、黙って頷くモノク。

 実際には、飽きる飽きないの問題ではなく、少し状況を変えよう、という話だった。

 一週間に渡ってモノクが探っても何も出てこなかったので、今度は別の者がウォルシュについて調べる。その間、モノクはモノクで、他を当たってみるということだ。

「ウォルシュ大隊長の屋敷には、東部大隊の小隊の一つが、今晩から護衛任務についているはずだ。しかし例の三人組が襲ってきたら、騎士団の者では歯が立たないだろうて」

「わかってるよ、ピペタ。まだ今の段階では、ウォルシュは、あたしたちの標的と決まったわけじゃない。なら、あんたの上司だ。むざむざ殺されたら寝覚めが悪い、ってことだろ?」

 昨夜の襲撃事件では、モノクでさえ暗殺者三人組を退ける側に回ったのだ。ウォルシュが殺されそうになったら助けるというのは、暗黙の了解と言っても構わないくらいの基本方針。ゲルエイは、そう理解していた。

「ああ、頼む。ウォルシュ大隊長について調べるだけでなく、襲撃者が来たら返り討ちにしてくれ。いや、返り討ちというよりも……」

 ピペタは、自分が口にした言葉から、何か思いついたらしい。

「……出来れば、襲ってきた連中を生け捕りにしたいところだな」

「なんだい、ピペタ。ようやく気づいたのかい。あたしゃ最初っから、そのつもりだよ。あたしが屋敷の見張り役を買って出たのも、そのためじゃないか」

 敵を殺さずに無力化するのであれば、睡眠魔法ソムヌムを使えるゲルエイが適任。こればかりは、ピペタやモノクにも無理な芸当だった。

 そんなゲルエイの思惑は、ケンにも理解できたらしい。

「なるほど、その三人組から事情を聞こうというのですね?」

「そうだよ。敵対する必要なんて、ないかもしれないだろ」

 三人の暗殺者が誰に雇われているのか、現時点では不明だが……。もしも彼らが引き受けた仕事も復讐屋と似たような案件であり、ウォルシュがモノクの依頼人以外からも強く恨まれている、というのであれば。

 その場合、ウォルシュは殺すに値する男。三人と組んでウォルシュを始末する、という選択肢も考えられるのだった。

「昨日の敵は今日の友、ってやつだ」

 ピペタは呟きながら、チラリとモノクに視線を向ける。

 モノクがチームに加わったのも「標的が同じだから」という理由だったし、その前にはピペタとの交戦もあったのだ。

 だが、それも昔の話であり……。

「大まかな方針は決まったね。ここまでの話に、異論はないだろ? ならば、具体的には……」

 ゲルエイは話をまとめつつ、細部を煮詰めていくのだった。


――――――――――――


 地方都市サウザの東側に、大きな屋敷が建ち並ぶ区域がある。広大な敷地を持つ屋敷ばかりであり、それぞれの門と門の間隔は、大きく空いていた。

 もはや夜も遅いため、当然のように、どこの門も閉ざされているが……。その中に一つ、鎧姿の騎士たちが護衛に立っている門があった。

 都市警備騎士団のウォルシュ大隊長が暮らす屋敷だ。

 警護の騎士たちは、正門と裏門に二人ずつ。それぞれ一人は門の前に張り付いて、もう一人は門の近くをウロウロと歩き回っていた。屋敷の横幅と同じ距離を往復しており、塀を乗り越えて侵入する者がいても見逃さないよう、目を光らせている。


「ゲルエイさん、これでは近づけませんね……」

 高いところから、下にいる仲間に呼びかけるケン。

 木登りの得意な彼は、街路樹の枝に座って、ウォルシュの屋敷を監視していた。できれば屋敷の塀際でスタンバイしたいところだが、警護の騎士たちに見つからないよう、少し離れた場所の街路樹を選んでいる。

「でも、その高さからなら見えるだろ? あたしに代わって、しっかり見張っておくれよ」

 ケンの言葉に、ゲルエイが真下から言葉を返した。

 いつも通りの黒ローブを着た彼女は、街路樹の幹にピタリと寄り添って、夜の闇に紛れている。離れた屋敷の前を巡回する騎士からは発見されないだろうが、ゲルエイの方からも、あちらの様子は全く見えなかった。

 ケンがゲルエイの目として働く形だが、それだけではない。ケンには武器であるルアー竿ロッドも持たせており、何かあったら、一応は戦える状態にしてあった。

 しかし不測の事態が起きる気配はなく、二時間ほどが経過。

「これじゃ時間の無駄かねえ。ピペタや殺し屋と別れた後、急いで駆けつけたというのに……」

 ケンのいる上ではなく、下を向いて呟くゲルエイ。

 さすがに二晩連続の襲撃はないかもしれない、と思い始めていた。

 このまま例の三人組が現れないのであれば、こちらからウォルシュの屋敷に乗り込んでみようか。警護云々とは別に、ウォルシュについて調べるという目的もあるのだ。門番の騎士たちは、魔法で眠らせてしまえば、特に危害を与えることなく通過できる……。

 ちょうど、そう考えたタイミングで、頭上から叫び声が降ってきた。

「ゲルエイさん! 誰か来ましたよ! あっ、門の前の騎士たちが……!」

   

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