第九話 続・廃墟に集う四人組

   

「……そういうわけだから、一応は依頼を引き受けたものの、まだ遂行には至っていないのだ」

 モノク・ローが語って聞かせた、依頼人の事情。つまり、都市警備騎士団で上司にあたるウォルシュ大隊長から嫌がらせを受けている、という話。

 それはゲルエイ・ドゥが南中央広場で聞かされたのと、全く同じ内容だった。

 依頼内容の確認にモノクが手間取っている、と理解して、ピペタ・ピペトが意味ありげに呟く。

「なるほど。殺し屋の標的は、私の上司でもあるわけか……」

「そうだ。だからピペタに尋ねれば、ウォルシュという男の人物像もわかるだろうし、ひょっとしたら謎の依頼人の正体まで判明するかもしれん。そう思って、ゲルエイを通して昨日のうちに、今夜の集会の手配を整えたのだが……」

 モノクの視線を受けて、ゲルエイは、苦笑いと共に言葉を挟んだ。

「この一日の間に、何やら進展があったようだねえ?」

「そういえばピペタおじさん、ここに来た時に言っていましたね。昨夜の襲撃がどうのこうの、って。その際、ウォルシュという名前が出てきたような……」

 みやこケンにも水を向けられて、

「うむ。今度は、私が話す番だろうな。実は昨日、ウォルシュ大隊長から警護を頼まれて……」

 と、ピペタは昨夜の顛末を語るのだった。


――――――――――――


「……こうして三人組の襲撃者は、目的を果たすことなく、引き上げていったのだ」

 そこまで告げたピペタは、これで語り部の役は終わりと言わんばかりの態度で、大げさにフーッと息を吐いた。

「つまり、何かい? ピペタは、そこに立ってる殺し屋に助けられた、ってことかい?」

「姿も見せない距離から何か投げつけて、ピンポイントで敵の武器を叩き落としたのでしょう? どう考えても、それってモノクお姉さんですよね?」

 少しピペタをからかうような口調の、ゲルエイとケン。二人がモノクに目を向けると、彼女は黙って頷いてみせた。

 続いてピペタも、モノクに声をかける。

「私も殺し屋には感謝しているが……。そうなると、ウォルシュ大隊長の『誰かに狙われている』というのは、昨夜の三人組ではなく、お前のことだったのか?」

「さあ、どうだろうな。何かボロを出すかもしれんと考えて、敢えてこちらの気配をあらわにして、プレッシャーを与えながら尾行したことはある。だから、俺のことだとしても不思議ではない」

 一応の肯定を示してから、逆にモノクはピペタに尋ねた。

「それで、どうなのだ? ウォルシュという男は、本当に部下をいじめて喜ぶような男なのか? ピペタだって、その男の部下の一人だろう?」

 聞かれて、ピペタは少し考え込んでしまう。

 ピペタ自身は、そのような目に遭った覚えはなく、また、ウォルシュが特定の部下に対して厳しく接するような男とも思えなかった。だが、人間の本性なんてわからないものだ。

 それに、ウォルシュの方では悪気はなくても、精神的に弱い者が過敏に受け取って苦しんでいる、という可能性も否定できなかった。

「……そもそも、私は小隊長だからな。大隊長から見て、直接の部下ではない。直属は中隊長になるはずだ」

「ほう。では俺の依頼人は、南部大隊の中隊長の一人ということか……」

「待て、殺し屋。早合点するのは、やめてくれ」

 モノクの呟きに対して、慌てて制止するピペタ。

「依頼人の正体という線から、依頼内容の真偽を検討するつもりならば……。私のような小隊長だけでなく、たとえ中隊長であっても、ウォルシュ大隊長と顔を合わせる機会は少ないはずだぞ」

 ここでピペタは、都市警備騎士団における中隊長の立ち位置について、改めて説明した。大隊長の詰めている騎士団本部ではなく、小隊長と同じように街の見回りに出ている、という点だ。

「……だから正式な騎士よりも、むしろ『城』で働く騎士見習いの方が、その話に該当するかもしれない。なあ殺し屋、依頼人は『騎士として働く』ではなく『騎士団で働く』と言っていたのだろう?」

「ああ、そのはずだ」

 ピペタに言われるまで、モノクは注意していなかったのだが。

 依頼人の言い方が、都市警備騎士だけでなく騎士見習いにも当てはまることに、今さら気づく。

「僕の世界にも、パワハラとかアカハラって言葉がありますよ。上の言葉には逆らえないとか、プレッシャーに感じてしまうとか……。学生が教師から嫌がらせを受けるのがアカハラですが、騎士見習いという立場は、それに似ているのかもしれませんね」

 ケンの発言には、ピペタたちにはわからない用語が含まれていたが、それでも何となく意味は伝わっていた。

 先ほどピペタが想定した『精神的に弱い者が過敏に受け取って苦しんでいるという可能性』も、それが一人前になっていない若者ならば、余計にありえる話だと思えたからだ。

 しかし。

 ならばモノクの依頼人は騎士見習いで決まりかというと、そうとも言い切れない。ピペタの頭の中で、一つ引っ掛かっている点があった。

「これも言っておくべきだと思うが……。中隊長たちの中に一人、ウォルシュ大隊長の副官のような役割をこなしている者がいる」

 ちょうど昨日、仕事が大変という愚痴を聞かされたばかりだった。もちろん彼女は、大隊長から仕事を押し付けられたわけでもなく、それを嫌々やっているわけでもないから、モノクの依頼人の話とは微妙に合致しないのだが……。

 少なくとも、ウォルシュと共に働く時間が最も長い都市警備騎士は、彼女にほかならない。

「その中隊長の名前は、モデスタ・ドゥクス。三十代の女性騎士だ」


「ほう、女性騎士なのか」

 興味深そうな声のモノク。

 謎の依頼人が語った中には、ウォルシュに弄ばれて捨てられたらしい、と受け取れる話もあったこと。それを根拠にして、依頼人は女なのではないか、とゲルエイに言われたこと。

 その辺の話も、今夜この場で、きちんとモノクは告げてあった。

「そうだ。『城』の騎士見習いに何人くらい女性が含まれているのか、ちょっと私は覚えていないが……。南部大隊の中隊長の場合、女性騎士は彼女一人だったと思う」

「そっちも『と思う』なのかい」

 というゲルエイのツッコミを聞き流して。

 ピペタは頭の中で、改めて女性騎士の割合について思い返してみる。

 正確な数字はわからないものの、それなりの数の女性騎士が都市警備騎士団に在籍していることは確実だった。なにしろ女性騎士のための寮が、わざわざ男性の騎士寮とは別棟として、用意されているくらいなのだから。

 建物の規模が小さかったり、専用の食堂がなかったりするので、もちろん男性騎士よりは少ないはず。それでも、南部大隊の中隊長たちの中で女性は一人だけ、というのは、全体の割合から見れば少な過ぎるように思えた。

 これは、それだけ女性騎士の出世が難しい、ということを示しているのだろうか。


 そんなことをピペタが考え始めたところで、ケンがポツリと呟く。

「その人が男だとしても女だとしても……。弄ばれて捨てられた、というのが本当なら、ハッキリとした被害者ですね。依頼人の勘違いでも何でもなく」

「……どういう意味だ、少年?」

 尋ねるモノクの声には、興味深そうな響きが含まれていた。

「えぇっと……。職場で酷い目に遭わされた、という話だけだと、上司側にはそんなつもりはなかった、という可能性もあるじゃないですか。普通に仕事を与えられたのに、その人の能力が乏しいからオーバーワークになって、だから普通に失敗して、普通に怒られただけ、という可能性……」

 説明しようとすればするほど、言いたいことが散漫になる感じなのだろう。だが話している途中で、うまい表現を思いついたらしい。

「……そう、悪意の有無です。上司側、今回のケースでは、そのウォルシュという大隊長ですね。彼には悪意があったのかどうか。仕事の話だけならば『悪意はなかった』というのも考えられますが、部下の肉体を弄んでポイするのは、明らかな悪意ですよね?」

「面白い考え方だな、ケン坊」

 と言いながら、ピペタは頷いてみせる。特に前半の部分に関しては、つい先ほど、似たような可能性を想定したのだから。

 ゲルエイは、特に何も言おうとしなかったが……。

 今回の事件を持ち込んできた張本人のモノクは、少し別の観点から、意見を述べるのだった。

「悪意の有無か……。それを貴様たちが言い出すとは、なかなか興味深いな。復讐屋というものは、その点、気にしないのかと思っていたぞ」

   

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