第七話 廃墟に集う四人組
一月三日の日本。
カレンダーでは元旦として一月一日だけが祝日となっているが、正月三が日という言葉があるように、当然まだ正月休み。しかも学生の冬休みは、さらに少し続くことになる。
私立高校の二年生である
「やっぱり、この時期の神社は素晴らしい」
と、歩きながら言う友人の視線の先にあるのは、おみくじやお守りなどを販売している社務所だ。参拝客で賑わっており、巫女服を着た女の子たちが大勢で対応しているのが、ケンたちのところからでも見て取れた。
本職の巫女だけでは手が足りず、この時期限定のアルバイトも多いのだろう。それでも、年頃の若い女性がお揃いの紅白の衣装でズラリと並んでいる様は、とても目の保養になる光景だった。
特に、ケンたちのような男子校の生徒にとっては。
「うむ、巫女姿は良いものだ。人類の生み出した文化の極みだよ」
もったいぶった口調で巫女の外見を褒めそやすのは、以前に巫女フェチを公言していた友人だ。その『以前』というのは、
少し苦い思い出がケンの脳裏に浮かんで、自然と表情を歪めてしまう。
そんな彼を見て、
「どうした、キョウ。気分でも悪いのか?」
心配そうに声をかけてきたのは、教室では隣に座る
今日のメンバーは、ケンの名字『
案の定、他の友人たちは、関口ほど心配していないらしい。
「もしかしてキョウのやつ、甘酒で酔ったんじゃないか? 甘酒といっても、製法によっては微量なアルコールを含む、って話だぞ」
「だとしても微量だろ? 俺たち高校生が飲んでも平気なくらいの……」
「栄養ドリンクと同じくらいのアルコール量だっけ」
「そういえば聞いたことがある。アルコールに弱い者は、栄養ドリンク程度でも飲酒運転になって、事故を起こすという」
「……それ都市伝説じゃね?」
と、甘酒談義を始めてしまった。
この神社は正月の三日間、甘酒を無料で振る舞うというサービスがある。それを知った上で初詣に来ていたから、ケンたちも当然いただいたのだが……。
甘酒の味そのものよりも、ケンの印象に残ったのは、甘酒をもらった休憩所が綺麗だったこと。
朱色の敷き布で覆われた長椅子が並べられており、あまりにも鮮やかだったので、ついケンは、座ったところの布をペラッとめくってしまった。すると中に隠されていたのは、使い込まれて古びた木製の椅子。見てはいけないものを見てしまった気分になり、まるでスカートめくりで女性の下着を覗いたかのような罪悪感に
ちょっとした出来事を思い出しながら、友人たちの会話を聞き流していたケンは、
「おっ!」
小さく呻きながら、軽くよろめいてしまった。
「おいおい、キョウ。本当に酔ったのか?」
「甘酒ごときで、情けない……」
友人たちの揶揄は、冗談半分なのだろう。
事実とは違うのだが、ケンは心の中で「そういうことにしておこう」と思って、乾いた笑いを返す。
「ははは……。そうかもしれない」
正直に説明するわけにはいかないので誤魔化したが、実はケンは、少しめまいを覚えたのだった。
といっても、体調を崩したのではない。何度も経験している感覚なので、十分に理解できていた。これは異世界へ召喚される予兆なのだ、と。
どうせ信じてもらえない出来事だから、誰にも話していないのだが……。
ケンは、しばしば異世界へ召喚されていた。魔力や魔法の存在するファンタジー世界であり、彼をその世界へと導くのは、アドヴォカビトという召喚魔法だった。
召喚魔法といえば、漫画やアニメのようなフィクションでお馴染みの魔法だろう。ただ少し違うのは、実際の召喚魔法は空間だけでなく時間にも干渉する、という点だった。
その時間干渉の例は二つある。第一に、召喚の瞬間から少し前の時点に遡って対象者に「もうすぐ召喚される」と知らせてくれる、ということ。トイレや風呂など「途中で召喚されたら困る!」という場面もあるから、それを避けるためなのだろう。
第二に、異世界から元の世界へ帰還する際も時間を弄られる、ということ。召喚先の世界でどれだけ過ごそうが、元の世界では時は進まず、召喚された瞬間に戻れるのだ。姿勢も格好も召喚前と同じで戻ってくるから、周りの人間に召喚という異常事態を知られることはない。一連のプロセスを秘密にするための配慮なのだろう、とケンは理解していた。
だから。
こうして友人たちと遊ぶ途中で異世界へ連れ去られても、彼らの目の前から消えてしまうわけではなかった。彼らの視点では、消えると同時に戻ってくることになり、ケンの異世界旅行は認識されないのだ。
そうやって頭の中で召喚のルールを振り返っているうちに、ケンは奇妙な感覚に襲われた。何もないところから突然グイッと体を引っ張られるような……。
これが異世界召喚だ。
そしていつものように、ケンの意識と肉体は、異世界へ運ばれていくのだった。
――――――――――――
召喚された先で、魔法の煙に包まれるケン。これも召喚魔法アドヴォカビトのルーチンであり、召喚の瞬間は、少し息を止めておかなければならない。
煙が晴れていくにつれて、まず視界に入ってきたのは、壊れた長椅子の列と埃だらけの赤絨毯、そしてボロボロに崩れた壁。見上げれば、天井は本来の役割を放棄しており、星と月の浮かぶ夜空が広がっていた。
「ああ、もう夜なんだ……」
無意識のうちに、ケンの口から言葉が漏れる。いきなり昼から夜の世界へ連れてこられて、「こういうこともある」と頭では理解していたものの、感覚としては何だか落ち着かないのだった。
周りの様子から、ここが『幽霊教会』と呼ばれる場所であることも認識できている。復讐屋ウルチシェンス・ドミヌスが秘密の会合場所として使っている、サウザの街外れにある廃墟だった。
「やあ、ケン坊」
声をかけられて振り向けば、長椅子の一つに座る女性。外見的には少女のような若さを保っており、ケンの世界の漫画やアニメにも出てきそうな、いかにも魔女という雰囲気の帽子とローブを身につけている。
彼女こそが、ケンを召喚した魔法使い、ゲルエイ・ドゥだった。
「こんばんは、ゲルエイさん」
挨拶を返してから、少し視線をずらすと、壁にもたれて立つ黒装束の女性も見えてきた。
「……それと、モノクお姉さん」
付け加えるようなケンの言葉に、黙って頷くモノク・ロー。
ケンは、さらに周囲を見回して、
「ピペタおじさんは、まだ来ていないようですね。……ところで、今日の日付は?」
もう一人の仲間であるピペタ・ピペトの不在を確認してから、再びゲルエイに視線を戻した。
「入り口の月の第十七だよ」
「なるほど。入り口の月ということは、こちらも一月なのですね。一月十七日か……」
ゲルエイの返事を聞いて、頭の中で暦を照らし合わせるケン。
召喚魔法アドヴォカビトは空間だけでなく時間も超越してしまうため、二つの世界における時の流れは、必ずしも一致していなかった。例えば、一ヶ月ぶりの召喚だと思ったら、こちらの世界では三日しか経っていなかったり、逆に、ケンの体感では三日ぶりなのに、こちらでは一ヶ月ぶりだったり。
なお、おそらく魔法の影響なのだろうが、召喚された時点で、この世界の言語を理解できるようになっている。ただし自動翻訳というわけではなく、いくつかの微妙に似ている用語は、意識して置き換える必要があった。その一つが暦だが、どちらも一年は十二ヶ月であり、一週間は七日で構成されているので、単純に言葉を当てはめるだけで済むのだった。
「ピペタは、少し遅くなるらしくてね。そうはいっても、そろそろ来ると思うから、ケン坊を呼び出したんだけど……」
とゲルエイが言ったそばから、ピペタがやってくる。
「すまん、すまん。すっかり遅れてしまった……」
「気にすることないよ。こっちも今、ケン坊が来たばかりだから」
まるでデートの待ち合わせのような会話だ。そう思うケンの前で、続いてピペタは、モノクに声をかけていた。
「ああ、殺し屋。昨夜は世話になったな」
「礼には及ばん。貴様のためではなく、俺の都合で止めただけだ。どこの誰ともしれぬ者たちに、先に標的を始末されたら、困るのは俺の方だ。それにしても……」
モノクの言葉も、聞き様によっては、まるでラブコメの登場人物だった。ケンの脳裏に、ツンデレという単語が浮かぶ。
「さすがにピペタは、街の警吏だな。俺の仕業と見抜くとは……」
「おい、ふざけるなよ。子供でもわかるじゃないか。あんな介入をされて、しかも昨日の今日で集合と言われたら……。おおかた、ウォルシュ襲撃事件に関わる案件なのだろう?」
「まったく、ピペタも殺し屋も……。二人だけで通じる話は、そこまでにしておきな。ほら、こっちじゃケン坊が『わけがわからない』という顔をしてるじゃないか。二人とも、順を追って話してくれないと」
ゲルエイが会話に割って入り、ケンの方を指し示した。
全員の視線が一瞬、ケンに向けられた後、
「悪かったな、少年。では、俺から説明させてもらおう。今から一週間以上も前の話だが……」
モノクは、事の発端から語り始めるのだった。
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