第六話 忙しい一日

   

「……そして返す刀で、小柄な男のナイフを弾き飛ばしたのだ」

 歩きながら、部下たちに語って聞かせるピペタ・ピペト。その声には、いつになく誇らしげな響きが含まれていた。

 結局、ラヴィに対してピペタが説明し始めた直後、ウイングとタイガも詰所に到着。こうして街を見回りながら、話をする形になったのだった。

「さすがですね、ピペタ隊長。二人まとめて蹴散らすとは……!」

「でも、敵は三人組だったのでしょう? もう一人は、どうしたのです?」

 手放しで褒めるラヴィに続いて、ウイングが冷静な質問を挟む。

「うむ。どうやら細身の風使いも、他の二人の背後に隠れて、迫ってきていたようだが……。前の二人の攻撃をいなされた時点で、私を強敵と認定したらしい。二人に撤退を命じて、一緒に引き上げていったのだ」

「では、襲撃者たちには逃げられてしまったのですね……」

「それは違うでしょ、タイガ。相手は三人組なのよ? 追い払っただけで十分じゃないの!」

「ラヴィの言う通りですね。昨夜のピペタ隊長の任務は、ウォルシュ大隊長の護衛なのですから。相手を捕らえようとまで考えるのは、むしろ無謀です」

 部下たち三人の反応を見ながら、ピペタは考えていた。東部大隊の取り調べでも、このストーリーで行くとしよう、と。


 実際には、ピペタ一人で三人組の敵に対処できたわけではない。何者かの横槍があったからこそ、敵は引いてくれたのだ。

 だが、東部大隊の連中に対して、全て正直に告げるつもりはなかった。その『何者か』の介入については、できるだけ隠しておきたかった。あれは裏稼業の仲間、殺し屋モノク・ローだったのではないか、と思っているので。

 あの場にはウォルシュ大隊長も一緒だったが、彼は背中を丸めて頭を抱えていただけ。だから謎の介入者に関しては、何も気づいていないはず。それらしき捏造ストーリーをピペタが作り上げれば、問題なく通用するように思えた。

 だからこそ。

 今日の取り調べの前に、偽の武勇伝を部下たちに語って聞かせるのは、良い練習になるのだった。


 まあ捏造といっても、途中までは事実そのままだ。現実と分岐するのは、ドゥーオと呼ばれていた大男が、ハンマーを振り下ろしてきた場面。

 実際には、それをピペタは剣の柄頭つかがしらで受け止めたのだが、話としては、受け止めただけでなく跳ね飛ばしたことにするのだ。そうしないと、次の小柄な男トゥリブスに対応できなかったはずだから。

 だが、この『跳ね飛ばした』パターンは、そもそもあの場でピペタが「そうしたかった」という展開。頭の中で想定していた行動なだけに、嘘であっても、現実のように語るのは難しくなかった。


「それにしても……。こうして話を聞いていると、やはりピペタ隊長の剣技は卓越しているのですね」

 改めて感心したような口ぶりのウイング。

 ラヴィが、まるで自分が褒められたかのように胸を張る。

「当然ですよね、ピペタ隊長。以前に貴族の屋敷を警護した時だって、一度に二人の襲撃者を退けたくらいですから」

「いや、あの時はピペタ隊長一人ではなく、僕たち四人全員で……」

 タイガは反論じみたセリフを言いかけたが、ラヴィが睨みつけるような視線を送ってきたので、軽く肩をすくめてみせる。

 そもそも、彼にもわかっているのだろう。その警護任務において、敵と剣を交わしたのは、ほとんどピペタ一人。他の三人の活躍の機会は少なかったのだ。

 しかもその事件では、一度は襲撃者を追い払ったものの、最終的には警護対象を殺されてしまい、任務失敗となったので……。

 嫌な記憶が蘇ったかのように、ラヴィやタイガの表情が暗くなる。そんな雰囲気の変化を察して、ウイングが無理に明るい言葉を挟んだ。

「ピペタ隊長の昨夜の奮闘。後学のためにも、もう一度、詳しく聞かせてもらえませんか? 重量のある武器に対して、剣で応じる時の心構えとか、タイミングとか」

「うむ。いくらでも聞くが良い」

 ピペタも、少し冗談口調で応えてみせた。自慢げに活躍を語るピペタというのは、ラヴィたちにとっては、珍しい見物みものになるかもしれないが……。

 ピペタとしては、別に自慢したいわけではなかった。ただ、こうやって作り話を繰り返すことで、それが自分の中で「まるで本当にあったこと」のように定着するから都合が良い、と思えたのだ。

 そして。

 自然に、頬が緩むのだった。


 こうして、談笑しながらも、街の治安を見て回るピペタ小隊。

 やがて四人は、受け持ち区域の一つである南中央広場に差し掛かった。

「今日は、いつも通りの賑わいを見せていますね」

 と、ラヴィが言うように。

 噴水を中心とした広場は、昨日よりも明らかに人々の往来も激しく、日頃の活気を取り戻していた。

「うむ。天候が違うだけで、こうも違うのだな」

 ピペタは軽く、空を見上げる。

 昨日とは異なり、覆い隠すような雲は見えなかった。カラッとした冬の青空が広がっている。

「……とはいえ、私たちは、のんびりと日向ひなたぼっこを楽しむわけにはいかん。特に今日は、早めに見回りを終わらせる必要がある。少し足を速めるぞ」

「はい、ピペタ隊長!」

 元気の良い部下の返事に対して、

「先ほど話したように、見回りの後、私は『城』へ行かねばならないからな」

 説明済みの予定を、念を押すようにして、再び告げるピペタ。

 声が大きかったために、彼の言葉は部下たちだけでなく、近くの露天商たちの耳にも届いていた。

「騎士様、いつもご苦労様です! お忙しいようですね?」

「うむ、そうなのだ。昨夜ちょっとした事件に巻き込まれてしまい、今日は騎士団本部に呼び出されておるのだが……。それはそれとして、いつも通りに、街の見回りは果たさねばならん。つまり、少し急いでいる、というわけだ」

 挨拶してきた露天商に対して、オーバーなほど詳しく、ピペタは事情を語って聞かせた。

「だから揉め事があったりすると、私としても困るのだが……。大丈夫だな? 問題は何もないな?」

「はい、何のトラブルもなく、いたって平和な広場です。騎士様のお手を煩わせることはありません」

「そうか。ならば安心だ」

 と言って話を切り上げ、ピペタは部下と共に、先へ進む。

 本来、見回りを早く終わらせたいのであれば、顔見知りと言葉を交わすのも控えるべきなのだが……。

 こうやって一つの露店の前で立ち話をしておけば、会話の内容は、周りにも聞こえるはず。ピペタは意識して大声で事情説明したので、かなり広く伝わったのだろう。

「騎士様、ご苦労様です」

「うむ」

 他の露天商たちは、いつもより短めに挨拶を済ませてくれるのだった。


 そんな中。

 ピペタはチラッと、出店でみせの一つに視線を向けていた。

 明るい南中央広場の中では異彩を放つ、黒ローブの女と大きな水晶玉が特徴の店。つまり、ゲルエイ・ドゥの占い屋だ。

 実はピペタは、広場に入ってまもなく、ゲルエイが目配せしてきたことに気づいていた。騎士と占い師という立場ではなく、裏仕事の仲間として「今夜、いつもの『幽霊教会』に集合!」と伝えてきたのだ。

 ある意味、ピペタにも好都合な話だった。復讐屋のメンバーで集まるのであれば、昨夜の一件に介入してきたのが本当にモノクだったのかどうか、そこで尋ねることが出来るからだ。

 いや、そもそも「裏の仲間が関わってきたのではないか」と疑わしい事件の翌日に集合するのだから、偶然にしては出来すぎている。もう確かめるまでもなく、昨夜の襲撃に関わる案件を話し合うのだろう。

 そう考えるピペタだが、必ずしも都合の良いことばかりではなかった。今日は仕事が終わってから騎士団本部に出頭するので、いつもの場所――『幽霊教会』と呼ばれる廃墟――へ行くのは、少し遅れることになる。

 だから。

 その事情をゲルエイに伝える意味もあって、わざわざ露天商たちに、大きな声で話して聞かせたのだった。


 今。

 ゲルエイが小さく頷いているのが、視界の隅で確認できた。

 ピペタの意図は、きちんと伝わったらしい。

 安心すると同時に、

「今日は忙しい一日になるぞ……」

 小さな独り言が、ピペタの口から漏れた。

 見回りの仕事をして、それから『城』で東部大隊の捜査に協力して、さらに『幽霊教会』では裏の仕事の話……。

 溜め息をつくピペタの横では、そんな彼を見て、部下のラヴィが苦笑いを浮かべていた。彼の忙しさの途中までしか理解せず、少し事情を誤解したままで。

   

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