期待と現実の食い違い
「……誰だよ。今日がまともな日だなんて思ったの……」
まともな日?
そんなわけない、今日はこれまでの人生の中でも稀にみるとんだ厄日だ。朝はあの雰囲気のままホームルームを迎えそれが終わったと思ったら逃げる隙もなく囲まれて質問攻めという名の拷問。
それが毎時間の休み時間全て、何とか昼休みは難を逃れたけれど全く休んだ気がしなかった。昔、とは言っても昨日までのことだが今までの俺がいかに平和に過ごせていたのかということをつくづく実感させられた。
そして何よりさっきからずっと俺の後ろから感じる気配というか視線というか、一体俺はどうすればいいのだろう。
「失礼します、先輩います?」
とは言え少なくともこの部室に入って居れば一息はつけるだろう。
鍵はかかっていなかったので素早く中に入り込み後ろ手に扉を閉める。
「随分と観客が多いね。拓馬ちゃんは人気者?」
中央のテーブルでお茶を飲みながらわらび餅をつつく先輩がそこにはいた。
本当にここはこの人の部屋みたいになってるみたいだ。しかしこの状況が何の違和感がないというのもまた凄いことである。
「誰のせいだと思ってるんですか。それで、用件は何ですか?」
「これだよ、これ」
「あぁ、確かにまだ書いてませんでしたね。別に先輩が書いて出してもよかったんですけど」
入部届、部活に入るには必ず提出しなければいけないもの。
大半の生徒は既に四月に出し終わっているもの、とは言えこの高校は部活動の参加が強制はされていないから入るか入らないかは本人の選択の自由。
別に入らないからといってペナルティや減点などはないが、参加しない分採点される項目は減るというデメリットがある程度だろうか。
そのおかげなのかせいなのか、この学校で部活をやっていないのはおおよそ全校生徒の半分弱。
とは言え部活にはその部活をやりたい、あるいはやっていたという人が集まるためほとんどの部活が県大会を突破するというこの地域では屈指の強豪校でもある。
だからこそ案外敷居が高くて入れないという層があることは否定できない。
おそらく、帰宅部の半分、はいかないにしてもそれなりの人数は入りたくても入れないといった感じだろう。
「駄目だよ、拓馬ちゃん。こういったのは自らの決意を表明するものなんだから。おろそかにしていると罰が当たるぞ」
「う~ん、ただの入部届ですよ?」
「だからこそだよ。簡単なものほどその人の性格や気持ちが意気込みが表れる。簡単な事柄こそ大切に扱わないといけないのさ」
「はぁ? そんなものですか」
まず根本からしてほぼ強制的に入部を余儀なくされた俺にとっては決意も何もないわけだがここでそれを言うのはよくない事だろう。確実に長くなる。
ただでさえ疲れているのだ、ストレスの追加注文など誰がしたいと思うだろうか。
「コーヒーにする? 紅茶にする? それともマテ茶?」
どうやらこの部室には世界三大飲料が揃っているようだ。
世間的に案外知られていない3つ目の飲料。これは主に南米でよく飲まれているものだそうで健康や美容にいいらしく『飲むサラダ』なんて呼ばれることもあるそうだ。
一時日本でも物凄く流行ったのだがまたすぐに消えてしまった、流行っていうのはつくづく一瞬なんだなって。ちなみに世界三大嗜好飲料はコーヒー、紅茶、ココア。まぁ、こんなことを知っていても実生活においてこの情報が役立つときなんてほとんどない。
へぇ、そうなんだ。その程度の雑学だ。
「コーヒーでお願いします」
「ん、わらび餅は冷蔵庫にはいってるから、好きなのどうぞ」
頼んだ後になって思ったがわらび餅にコーヒーって果たしてあうのだろうか。
お言葉に甘えて冷蔵庫の中にを確認してみると上段が全てわらび餅で埋まっていた。
抹茶にきな粉にいちごにバナナ? これってわらび餅なんだよね。
こんなにいっぱい種類あったっけ?
でも、しっかりとパッケージされてるし、ちゃんとした商品なことは間違いないんだろうけど如何せんこのような味を俺は見たことがない。
どうしようか、食べてみたいという好奇心と何となく食べてはいけないといった警戒心がせめぎ合う。
「大丈夫だよ、全部味は保証する。なんせ私が作ってるんだから、失敗作などあるわけないでしょう」
その一言で余計心配になったんですが。
でも確かにこのパッケージは俺も見たことはある。
この辺りではそれなりに有名な
「安心してって、ちゃんとお父さんにも太鼓判を押してもらってるし」
「……先輩って、
というか内縁者っていう方が正しいのかな。
「まぁ、そうなる。とにかくつべこべ言わずに食べてみる」
有無を言わさず詰め込まれたいちご味のわらび餅は悔しいけれど美味しかった。
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