当然で必然な結果

 何というか今朝は最近で一番まともな日ではないか。

 家を出てから学校、教室に入るまでは俺はそのことを疑わなかった。

 でも、きっと何かがしっかりと見ているのだろう。世界はそんなに簡単ではないし運命というものは皮肉にも簡単に逆転するものなのだ。俺が教室に入ると廊下まで聞こえていた俺のクラスの喧騒が噓のように静まり返った。そしてそれと同時にみんなが俺のことを見る。

 ここまでみんなの視線が集まるというのもこのクラスに遅れてやってきた際の自己紹介以来だろうか。そもそも普通に過ごしていればここまでの視線を感じるということすらまれであろう。

 とは言えこの状況に対して心当たりがないといえば噓になる……のだけれど、ただの一度でここまで変わるのもなのか……いや、たった一度だからこそここまで変わるのかな。

 しかし流石にこれは、と思っていたのだがどうやら原因は別のところにあるようだ。


「やぁ、拓馬ちゃん。おはよぉ~」


 本来ならば誰もいないはずの俺の席にはすでに先客がいた。何気ない様子で振り返りざまに手を振っている。

 学年が違うというのにこうも堂々と教室に入り込み挙句の果てには後輩男子の席に座っているとは。

 本当にこの人は怖い人だ。


「おはよぉ~、じゃないですよ。何してるんですかこんなところで」


「何って、答えを聞きに来たのさ」


 俺がオカルト研究部に入るのかということか、確かに昨日はその話をすることなく解散になってしまったから、その気持ちがわからなくはないのだがせめて時と場所を選んでもらいたいものだ。


「答えって、もともと選択肢なんてないんでしょう?」


「いいや、拓馬ちゃんの口から聞いておかないとね。私だって無理強いはしたくないし」


 それでも諦める気はない、とでも言いたげな表情。

 それに、無理強いはしないとは言え彼女の性格ならばおそらく俺が折れるまで勧誘を続けることだろう。俺の教室にくるなんてことるなんてことは彼女からしたら造作もないこと、どうあがいたって俺の精神の方が先にやられる。

 というかそういうのも十分な無理強いだとは思うのだが、そもそも強いられるなんていう選択肢がないのは致命的。

 最初から俺は彼女の手のひらの上で踊るしかないのだ。でもおそらく例えあの部活に入ったとしてもこれまでの生活と大きく変わることはそれほどないだろう。

 というのもそもそも俺が部活の活動を把握することができていないのだ、別に俺には特別な情報網や収集能力があるわけでもない。でも、そうでなくとも活動をしていれば嫌でも誰かの目に留まるのもだ。

 つまり、俺が部活の活動をよく知らないということは大多数の生徒もその活動を知らないということに他ならない、となれば大した活動はしていないと考えるのが妥当だろう。


「……謹んで入部させて頂きます」


「そうか、これはめでたい。めでたいのだが花音ちゃんはどうしたんだい?」


 そう、今日という日がまともだと感じていた主な原因はそれである。

 今日この場には幽霊少女花音がいないのだ。


「あぁ、あいつは風邪をひいたので家に置いてきました」


 最初は何が何でも行かんとする勢いではあったのだが、案外しっかり風邪をひいていたようで倒れる、という表現が正しいのかどうかは分からないがとにかく寝てしまったのだ。

 どういう訳か無意識の状態では浮力がなくなるらしく、とは言え玄関に放置するのも忍びなく仕方なくソファーに運んできたのが家を出る前にしてきたこと。

 おかげでこっちは朝から無駄な労働をする羽目になった。


「そうか、お大……幽霊も風邪をひくのか?」


 先輩は心底驚いた表情をしているのだが、それに関しては俺もかなり驚いているのだ。というか風邪をひいた本人すら困惑しているという何ともカオスな状況なのだ。

 昨日散々「風邪とは無縁なんですぅ~」とか言ってずぶ濡れになっていたのだから当然といえば当然なのだか、これはまたと何とも哀れである。


「う~ん、そんな時に悪いのだが、放課後に部室にきてくれたまえ。なるべく手短に終わらせる」


 しかし、時が悪いというのはそれこそ今の状況であろう。少なくとも先輩には自分がこのクラスに来た時の影響をよく考えてもらいたいものだ。

 朝っぱらからこの空気、一体俺にどうしろというのだ。

 そうして当の本人は特に気にすることもなくこの場を去っていくのだ、解せない実に解せない。


「あぁ、平凡って言葉が今ほど懐かしいと羨ましいと感じるなんて……」

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