どうにもついていない現状

「……不覚」


 再びカバンの中身を確認してもそれはどこにもなかった。

 おそらく玄関の棚の上に置き忘れたのだろう。そうなると俺は購買に行くしかないんだよな。この高校では一度登校すると放課後までは特別な理由を除き校外に出ることはできない。

 つまるところ、購買にはいつもかなりの生徒が群がっているのということだ。一瞬にして売り切れるのがいつものことで上級生も下級生も関係なく熾烈しれつな争いが展開されていると言う噂を幾度いくどとなく聞いた。

 実際に近くを通った時は確かに凄いことになっていたので出来ればなるべく使わないようにしていた。

 流石にそこまでの危険を冒してまで昼食が欲しいというわけでもない、しかしそこへ行く以外に昼食を得られる手段はない。午後の授業を昼食無しで乗り切るというのは正直あまりやりたくはないし、何より今日は午後に体育があったはず。となると尚更何か入れておかなければいけないだろう。

 となると、どう頑張ったとしても最終的に辿り着くのは購買だ。


「背に腹は代えられない、か……」


 と、覚悟をしてきたのだが……。


「……なんで、何もないんだ……」


 いつもパンが並んでいる台の上には何もなく、いつものおばちゃんもいない、それどころか人っ子一人いないというのはどういうことだ。

 まさか、もう売り切れたのか?

 だとしたら驚きを通り越して恐怖なんだが。だってまだ昼休みが始まってから五分位しか経っていない。

 そこまで早くなくな……なんだろうあの張り紙。


 いつもは人混みで見えないが確かに台の後ろの柱に何か張ってある。


『毎週水曜日定休日』


「……詰んだ……よりによって今日って……」


 ここまでついていないというのも久しぶりだ。

 最近はそれなりに……それなりに?

 あ、あれ? 気のせいだろうか。最近厄介なことばかり起こっている気がする。


「こんなことになってるのって……」


 ***


 図書室の扉を開けると花音は正面のテーブルの一番奥に座りながら外を眺めていた。

 頬杖をつきながら開いた窓から吹く風になびく髪を押さえている。


「…………」


「拓馬さん、待ってまし、た? どうかしたんですか?」


「い、いや、どうやって空腹を紛らわそうかと、な」


 慌てて花音から視線をはがす。

 落ち着け、あれは幽霊だ。もう既に死んでる人間だ。


 だから勿体ないな。死んでいても尚ここまで綺麗ならば生きれば……。


「あ、ちなみになんですが、お弁当。置き忘れていませんでした?」


「気付いていたなら……」


「だから代わりに持ってきたんですけど……」


 そう言ってどこからか袋を取り出す。それは確かに俺の使っている、今日玄関に置き忘れてきた弁当袋だった。


「でかした!」


 こればかりは褒める以外にすることはないだろう。

 花音の手を握りしめて激しく上下にふる。


「ふ、ふえぇぇ~、拓馬さ~ん」


 これで午後の授業も乗り切ることができるだろう。まさか弁当があるのとないのでここまでモチベーションが変わるものなのか。

 もう今なら何でもできる気がするぞ。


「よし、花音。この礼に俺ができる範囲で何かをやろう」


「なら、私は拓馬さんが欲しいです」


「却下だ、他のものにしろ」


 驚いた、まさか今の興奮がたった一言で冷静になれるとは。

 しかしよかった、危うくとんでもないことを約束するところだった。


「えぇ~、即答ですか? 拓馬さんのけち。いいじゃないですか、減るものじゃないですし。私は拓馬さんがもらえて拓馬さんは私を手に入れる。これがウィンウィンな関係というやつですよ―――って聞いてくださいよ。お弁当だけ持ってどこに行くんですか? ちょ、ちょっとぉ~」


 やはり、最近の厄介事には必ず花音が関わっている。というか元凶が花音ではないのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る