どうです? 可愛いでしょ?
「…………で、君は何なんだ」
椅子に縛り付けられ身動き出来ない状態にされてはもはや口を動かすしかないのだ。
それでなくとも美少女が宙を漂うなんていう怪奇現象が目下進行中なのだ、少しでもこの状況を理解しなければこちらがまいってしまう。
「何なんだって、見ての通りの幽霊ですよ? 井戸に入ってお皿でも数えましょうか?」
少女はそれはそれは楽しそうに宙を舞う。お玉を片手に鼻歌まじりに料理を続ける。彼女の言葉は冗談や嘘の類ではないだろう、それこそ最初から今まで地面に足をついていないのだから。これで、人間ですよ、なんて言われた方が信じられない。
いやしかし、もう本当に何なのだろう。頭がパンクしそうだ。
「百歩譲ってその幽霊様が俺に何のようだ?」
「何の用だって、見てください、このエプロン。可愛くないですか?」
ホレホレと俺の目の前をひらひらと飛び跳ねる。
もう、災難を通り越して厄災だ。
俺が何かしたのだろうか。自慢じゃないが何もしていない自信なら余るくらいにあふれかえっている。
「どうです? 可愛いでしょ?」
「可愛い可愛い、可愛いから質問に答えてくれ」
「むぅ~、そんな心のこもってない褒め方はあんまりです。それよりも私の用事はこれですよ」
コトッと目の前の机に料理が並べられる。
これは
「これを君が?」
俺の中で青椒肉絲と
自分でもよく作るのだがまぁ大抵が箱の中に入っている調理済み調味料と肉等を混ぜて完成というやつだ。
それでも十分美味しいし何よりも簡単だ。
でもこれはそれらを使ったものじゃない。それは一目でわかる。
「はい、拓馬さんの大好物ですよね? はりきって一から作っちゃいました」
うん。天使か君は。
もうね、料理と相まって今の笑顔なんて軽く世界を救えると思う。
「それじゃ、いただきましょ。冷めたらいけません」
「おい、これをほどいてくれ。食べられないじゃないか」
この時には俺の中で彼女が幽霊だどうこうだというのはどうでもよくなっていた。
今はただ目の前で暴力的なまでに俺の胃袋を刺激する青椒肉絲を食べたい、それだけだった。
「ほどきますけど逃げないでくださいよ。幽霊とはいえ傷つきますから」
「何を馬鹿なことを、この料理を目の前にして逃げるなんてことできるはずもない」
「う~んなんか若干傷つきますけどまずは胃袋からとも言いますしね。はい、どうぞ」
正面に座る少女が指を鳴らすと俺を縛り付けていたロープは空気へと溶けていく。
でもそんなことよりも、今は……。
「いただきます―――うっ!」
「ど、どうしました? お、お口に合いませんでしたか?」
彼女は不安と期待の混ざった表情で俺の顔を伺っている。
「う、美味過ぎる。これは反則だろ……」
「ふふ、良かったです」
もう本当に美味しくて冗談抜きに調理店で出てきても何ら違和感のない、下手したらそっちよりも美味しいような。
ほっぺたが落ちそうになるとは言い得て妙だな、と。
まさか三回も白飯をおかわりをすることになるとは自分でも予想外、しっかし……。
「幽霊ってものは見ず知らずの男の大好物を進んで作るものなのか?」
だとしたら常識というか固定概念がひっくり返る驚愕の事実である。
「まさか、これは私がこうしたかったからこうしたんです。予想の何倍も、いえ何十倍もいいものも手に入りましたし」
彼女は本当に満足そうな顔でこちらを見ている。その表情は控えめに言っても可愛すぎた。ここまで可愛いものがあるとは今まで考えもしなかった。
「てかなんで俺なんだ?」
「今後に及んでそれですか? そんなの決まってるじゃないですか。私はあなたのことが大好きなんですから!」
「は、はぁ?」
どうやら俺は知らないうちに自称幽霊の美少女に好かれていたようだ。
いや、何がどうなってこうなっているんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます