出会いはいつも唐突に

翠恋 暁

序章 出会いはいつも唐突に

何事もなかった日々

 世の中っていうのは簡単だ。

 必ず勝者と敗者に分けられる。

 ただ一つの例外もなく何においても優劣が付き勝者は敗者を嘲笑あざわらう。

 それが人間の性、世の理、摂理というやつだ。

 俺は斎藤拓馬さいとうたくま。どこにでもいるなんてことない高校生、何をやるにも平均値。良くも悪くも平均で可もなく不可もない。

 何か他人と比べて秀でているものはない。

 当然彼女なんて大層なものがいるはずもない。


 間違いなく敗者側の人間だ。


 なら勝者はどんなのかって?


「ねぇ、ヒデ。あれ取って」


「ん、どれだ? これか?」


「ちがうよぉ。それ、そこのやつ」


 俺の席の前で朝っぱらからイチャコラしている

 言わばそれが俺の中では勝者と敗者の境界線だ。

 彼女有To be or それ以外Not To beである。あぁ、決してハムレットやシェイクスピアを侮辱しているというわけじゃない。

 俺にとってはそれくらい大きな問題だということだ。そう正しく生きるか死ぬか、それくらいに大きな問題のだ。

 だからどんなに頭が悪かろうがブサイクであろうとも彼氏彼女がいれば俺の中では勝者になり俺はそれ以下ということになるのだ。


「もぉ、それじゃなくて……」


 まだやってるのかよ。いっそのこと自分で取れよ。

 てか学校で朝っぱらからそんなのを見せられるこっちの身にもなれって話だ。

 別にイチャコラするな、と言ってるわけじゃない、目のつかないところ具体的には俺の目の前以外でやってくれというだけだ。

 俺の前じゃなきゃイチャコラしようがチュッチュしようがハメハメしようと構わない、構わないさ、そう、構わないんだ……。

 いや、別に羨ましいわけじゃ……はぁ。


 なんで朝からこんな梅雨みたいに憂鬱ゆううつな気持ちで一日を過ごさないといけないんだ。見ているのも聞いているのも嫌になりヘッドホンをはめ机に突っ伏すことにする。これを後数十分は続けなければいけないとか下手な拷問よりもつらい。


 何でこんな日に限って早く登校してしまったのだろう。


 ***


 控えめに言って地獄だった朝を突破してからは、まぁ比較的穏やかな一日だったといえるだろう。


 授業は大半を寝て過ごし昼は屋上へと退避をして昨日買った半額のメロンパンを頬張り、危うく喉につまりかけて生死をさまよい午後の授業も春の陽気に任せて夢の世界へと旅立った。

 気が付いた時には既に放課後になって1時間程の時が経っていた。


 ここではみんなの優しさという風に受け取っておこう。


「ふぁ~あ、夕飯どうしようかな。流石に二日連続で冷食ってのもまずいよな……」


 帰り際に身近なスーパーによって献立を考える。

 というのも俺は一人っ子で兄弟はいない、父親はカナダに海外出張、母親はそれに付き添う形で去年旅立った。

 今は一人で一軒家に住んでいる。

 最初こそ家事洗濯は面倒くさかったけれど、その内なれるのが人間というものだ。


「…………なんか無駄に疲れた気がするし、今日は妥協しよう」


 昨日もそんなことを考えていた気がするが流石に今日は疲れた。

 そのせいなのか何なのかあまりお腹も空いていないように思う。


「ありがとうございましたぁ~」


 のほほんとした女店員さんのレジに並び会計を済ませる。

 結局、炒飯とお茶を買い自宅への帰路についた。

 外は薄っすらとオレンジがかり、公園では小学生くらいの男女が仲良く鬼ごっこをしていた。すっかり桜も散ってしまい今では青々とした葉っぱをつけている。


「春も終わりだなぁ……」


 こうしてまた何事もなく一年が過ぎていると考えると喜ぶべきか悲しむべきか……。


 家の前に辿り着きそこでなんとも言えない違和感を覚える。


 って、あれ? 居間の電気消し忘れてたかな。

 でもカーテンの隙間からは確かに光がこぼれている。

 そもそも朝はつけないし昨日の夜には消したはずなのだが……。

 不思議に思いながらも鍵を開ける。鍵がかかってるってことはただ単に俺が消し忘れただけなのか。


「おかえりなさい、あなた。ご飯……」


 慌てて扉を閉める。

 あれれ? ここって俺の家だよね?


 何で見たこともない美少女がエプロンをつけて浮いているのだ……ん? 浮いている?

 ちょっと待って、理解が追い付かない。


 よし整理しよう。

 確かにここは俺の家で間違いない、しっかりと鍵は回ったからな、で問題は二つ。

 一つはどこの誰かもわからない美少女が玄関にいたこと。

 二つは俺の見間違えじゃなければその美少女が宙に浮いていた、ということだ。


「…………あぁ、夢か」


 まず現実では有り得ないシチュエーションにはこれまでとない適解だろう。

 最近疲れていたし、ほら夢は欲望の塊だというし……。

 しかし、そうなると俺は自分でも知らないうちに今のような状況に期待していたということか? それはそれで何とも言えない。


「違いますよ、現実です。テンプレな会話なんですから最後まで言わしてくださいよ」


 納得し始めたところで閉めたはずの扉が開き美少女が顔を出す。

 控えめに言っても顔立ちは整い長い黒髪を後ろで束ねて、尚且つ和服というのは普通にポイントは高い。

 なんというかこう、そそるものがある。


 ただそのポイントもただ一点のマイナスで帳消しになっている。


 やはり彼女浮いているのだ。

 重力や物理法則を無視してフワフワと宙を漂っている。


「ささ、ご飯が冷めてしまいますから。入ってください」


「あ、ちょ、待て。ああ、お願いだから夢であってぇええ!」


 俺の叫びも虚しく宙を漂う美少女に襟首をつかまれ家の中へと引きずり込まれる。

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