第6話「物作りを応援する心」
「この絵だけは非売品なんですよね」
神々しそうに絵を見上げながら鮎葉が言った。
「ええ、これは娘から私へのプレゼントだから」
フィリシアの誇らしげな笑顔が素敵だった。プレゼントされた当時を思い出しているように両手を胸に当てて幸せそうな笑顔をたたえている。
「他の絵は欲しい方がいたら買ってもらっているの、私が買った値段と同じ金額でね」
柚香のためにフィリシアが説明をする。柚香は改めて喫茶店に飾られた絵をひとつひとつ眺めた。
「絵も売ってるんですねぇ」
「積極的に売っているんじゃないのよ、絵を大切に思ってくれる方になら手放してもいいと思ってるだけ」
そう言ってフィリシアは柚香から買った物を手にカウンターへと歩いて行きながら続ける。
「売れなくたって毎日眺められるから何の問題もないし、むしろ好きな絵に囲まれて幸せなのよ」
柚香はカウンター横にある長テーブルの前でフィリシアが何をしているのか気になり、首を伸ばしながらそっと立ち上がった。
「見てみる?」
「え?」
柚香の様子に鮎葉が声をかけた。
「あのスペースに名刺やパンフレットが置かれてるのよ」
「そうなんですか」
(入ってきた時には気付かなかったな)
鮎葉に促されてふたりで長テーブルへと足を向ける。
ちょうど柚香の作品を飾っているところだった。ワイヤーアートと言うのか、幾つもの枝状に伸びたワイヤーがうねり葉の形を作ったりしながら、全体の形状が広葉樹のようになった物にアクセサリーが掛けられている。
「何だか・・・様になってる」
柚香は少し誇らしく思えた。
他の人が作ったであろうイヤリングや指輪と共に掛けられた柚香の作品。フィリシア好みという大枠の中で他の作品と馴染んで引けを取ることなく輝いて見えた。
「どれも綺麗ね」
鮎葉の言葉に柚香も頷く。
皿やコップなどの陶器の作品の前にパンフレットが置かれている。鮎葉のコースターがひとつ置かれその上に数枚置かれた名刺にはアドレスを囲んで桜が描かれていた。
「可愛い」
柚香が手に取り鮎葉に笑顔を向けた。柚香より少し年上に見える鮎葉の笑顔が少女のようにはにかむ。
「ありがとう。ほそぼそとネット販売とか依頼を受けたりしてるの」
「凄いね」
「柚香さんもここに名刺を置いたら依頼来ると思いますよ」
鮎葉の言葉にまた柚香が尻込みする。
「名刺なんて持ってないし、まだそんなに大々的にはちょっと・・・」
「気楽に宣伝していいのよ」
フィリシアが加わる。
「まずは作者の名前だけでも知ってもらいましょう。あなたの連絡先を教えてくれたら私が仲介役になりますよ」
ウインクするフィリシアに柚香の顔もほころぶ。
(ワンクッションあると少し安心かなぁ)
「依頼者とここで落ち合って話し合いしてくれたら繋いだ私も安心だし・・・、ケーキセットでも取ってくれたら経営の足しになるわ」
「ああ、なるほど」
もちつもたれつだ。
フィリシアにしては珍しい商魂話だが、彼女の表情からはそれほど期待している風でもないことが分かる。
「妙な依頼者はフィリシアさんがビシッとカットしてくれるから、ここでの交渉は安心よ」
鮎葉も話に乗っかる。彼女の言っていることはフィリシアの言動から何となく分かる気がした。
「フィリシアさんは創作活動している人なら皆応援してくれるの、あの人とかも」
そう言って鮎葉がノートパソコンに向かう青年を指さす。先ほどフィリシアに作品を買ってもらえと勧めた男の人だ。眉間にしわを寄せて真剣な眼差しでパソコンを睨みつけている。
「ありがとう、また明日ね」
フィリシアが同年代くらいのグループを見送る。その足で彼女は青年のコップにコーヒーを継ぎ足すのを柚香達は遠目に見ていた。
「あ、もうお代わり2杯目終わってますよ」
「ラストオーダーはもう終わったの、これは私の奢りよ。難しい顔してないで飲み終わったら今日の難題とはヨナラしたらどうかしら」
フィリシアの言葉に青年は肩の力を抜いて大きく溜息を付いた。
「コーヒー注文したら2回はお代わりOKなシステムなの」
鮎葉が補足してくれる。
「アクセス伸びないの?」
フィリシアの質問に青年の眉間に再びしわが寄る。
「小説家になっちゃおの方は反応が良いんですけど、カキヨミの方が全然ふるわないッ」
少し捨て鉢な言い方が気になる。柚香と鮎葉はそっと元居たテーブルへと戻って行った。
「10分の1どころじゃないこの開きは何なんだ!?」
まぁまぁと言うようにフィリシアが青年の肩を叩き彼の向かいに座る。
「Web小説も色々大変ね」
「どちらにも掲載しているって表示してるんだから、読んでくれてるならカキヨミにシフトしてくれてもいいんじゃないのかな? って思いますよ」
青年はそう言ってコーヒーをぐいっとあおる。
「読まれるならどちらでもいいんじゃないですか?」
少し小声で鮎葉が口を挟んだ。青年の目がこちらを向いて鮎葉が目を落とす。
「カキヨミで読んでもらえると作者にお金が入るんですよ。ま、期限と最低ラインありますけど」
「確かどちらも無料で読めるのよね」
フィリシアが言った。
「どっちも無料なんだから、面白いと思って読んでくれてるならカキヨミで読んでくれてもいいじゃないですかッ」
青年の言葉端の棘に苛立ちを感じる。
柚香は小説界隈も悩むところがあるのだなと彼の話を聞いて思う。
「
「鬼龍!? あっ、すいません」
柚香の頭の中で極道の人のような漢字が浮かんで、つい口を突いて言葉がこぼれてしまった。物静かで目立たなそうな見た目と思い浮かんだ漢字とのギャップに驚いたのだ。柚香は慌てて口を押さえ、青年は頬が少し赤くなったようだった。
「僕のペンネームです」
目を反らし平静を装いながら青年が言う。
「すいません、なんて言うか・・・」
「別にかまいませんけど」
ややぎくしゃくとした空気にフィリシアが笑う。
「彼のペンネームは
「な、なるほど。霧雨って書いてキリュウ」
フィリシアの説明に柚香は納得する。
(その漢字なら何となく合ってる感じ)
「スプリングハイ」
ふいにキッキの元気な声が響いた。
「人の名前を春の浮かれ者みたいな訳し方しやがって、まったく・・・」
霧雨が頭をかきながらふてた顔をする。
「読み慣れたサイトで読むのも広告を避けて読むのも読み手の自由意志」
「すいません」
「ただ・・・・・・」
フィリシアが言葉を選ぶ。
「読んであげてるとか素人の小説なんだから読んでもらえるだけ有り難いだろう・・・っていう考え方の人が時々いるけれど、私は好きじゃないのよ」
首をほんの少し傾けてフィリシアが苦い顔をする。
「小説に限らず小物でも何でも創作や物作りの人ともう少し丁寧に対峙して欲しいと思うわ」
いつの間にか喫茶店に残る人達が静か聞き入っていた。
「丁寧に一生懸命に物を作る、物作り日本が私は好きよ」
フィリシアが霧雨に目を向け柚香や鮎葉へと目を向けた。
「物作りに真摯な日本人が大好きなの。そんな日本人の心や思いが世代を越えて受け継がれて欲しいと思うし、そういう人達と丁寧に真摯に向き合う日本人であって欲しいと願ってる。 ーーーそうじゃない人達がいることが腹立たしくて悲しいわ」
苦言を言っているはずなのにフィリシアの声は優しかった。
「プロとして最前線で活躍出来る程の技術力がなくても、お金を得るに値する技術を持った素人は沢山居ると思ってる」
フィリシアの言葉を心の中で反芻し柚香は胸が熱くなった。
「素人だからただでいいだろう、買ってもらえるだけで御の字でしょ。そんな事を言う人やそんな態度の人を見たら悲しくなるの」
柚香はフィリシアの目が真っ直ぐ自分に向いている事に気付いてどきりとした。
(まさか・・・、フリマでの事知ってる?)
「私はケーキを作るのが好きなのよ、ここで出しているのは私が作ったケーキ」
今まで黙って聞いていた人達が口々にフィリシアへ賛辞を送り、彼等にお礼を言ったフィリシアが続ける。
「毎日お客さんが来るけれどお礼の言葉が聞けるのは時々よ」
「ごめんなさい」
「それはいいの」
鮎葉と他に幾人かが言った言葉にフィリシアが返す。
「たまに美味しいって言ってもらえるだけでも私は嬉しい。言ってもらえなくても、ここなら美味しそうに食べる顔が見えるし、楽しそうに会話をする人を見て過ごしやすい空間を提供できてると喜ばしく思える」
フィリシアが霧雨のノートパソコンを少し倒し霧雨がファイルとパソコンを閉じた。
「アクセス数からは読んでる人の顔が見えない、ただ読んでいる人数が分かるだけ。感想や評価の反応がなければ楽しく最後まで読んだのか、乗りかかった船だからと惰性で最後まで読んだかは分からないわね」
柚香は今日のフリーマーケットで自分の商品を買ってくれた人達との会話や笑顔を思い出す。
(Web小説だと、そうか・・・相手の顔は見えない。何となく面白いと思って読んでいるか凄く楽しんで読んでいるかが作者には伝わらないんだ・・・・・・。私の作品はその場で相手の顔を見ようと思えばその場所がある!)
自然と両手を握りしめる柚香の心にほんの少しプロ意識が芽生え始めていた。
「口下手、文章下手ならアクセス数を残すだけじゃなくて、読むだけで間接的にでも応援になる方を選んで読んで欲しい・・・そう思うわね」
霧雨が真剣な面もちで頷く。
「好きな事で稼げるならそれにこしたことはない。でも、読んでくれてる人の声が感想という形でも何でも伝わる物があったなら、僕は・・・僕の心は幸せでいられる」
目線を落とし淡々と語る霧雨の言葉が柚香の心に染みた。
(分かる・・・。喜んでくれる人達の笑顔は凄く力をくれるもん)
今日実感した柚香にはホットな感情だった。
「今活躍している有名な人も、みんな最初は素人よ」
フィリシアの優しい眼差しが周りの人々に配られる。柚香はその微笑みが心のこわばりを解いてくれる気がした。
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