第2話「フリーマーケットの魔物」
「クレーマーじゃないけど、難癖付けてくる人が時々いるから気をつけて」
沙樹からそう聞いてはいた。
「フリーマーケットで値切りを楽しむ人もいるの。大抵の人は店主との会話を楽しんでの値切りなんだけど・・・、たまに出店者の足元を見てあれこれと言ってくる人がいるのよ」
そう言って沙樹が眉間にしわを寄せる。
「でも心配しないで、そんな人にはたまにしか出会わないから。だけど、そういう人がもし来たら私が対応する」
沙樹のその言葉は柚香には凄く心強かった。しかし、その「たまに」が出店初めてのこの日になるとは思いもしなかった・・・・・・。
「柚香、リラックスして」
準備も済んでいよいよオープンの時間が迫り、緊張した面持ちの柚香の背を沙樹が叩いた。
「ああー、緊張するよぉ。沙樹みたいに上手く出来るかなぁ」
「何事も経験よ」
沙樹の笑顔に柚香も笑顔を返す。深呼吸をしてカチコチの笑顔で入り口に目を向ける。
オープン当初はポツポツと流れていた人が少しずつ足を止めて、作品に見入ってくれる人が出てきて柚香はほっとした。
知らない人と話すことに慣れていなかったけれど、一生懸命笑顔を作って接客をする。ひとりふたりと買ってくれる人が現れて、そして、少しずつ自然な笑顔で対応できるようになっていった。
「柚香、あの子さっきも来てたよね」
「うん」
小学一年生くらいだろうか、遠ざかる女の子の背を見ながら沙樹が耳打ちする。
もう何度も同じ女の子が柚香の商品を見に来ていた。来る度に同じ物に釘付けになって、もじもじと手に取っては戻していた。
女の子が気になっているのは星形のバッグチャーム。
パステルトーンの水色からピンク色へのグラデーションがかかった夢色系の作品。透明なレジンの中に星や月のモチーフが幾つか重なりながら浮かんでいて、金と銀のブリオン(砂状の細かい封入物)が散らされた物だった。
いったん立ち去った女の子が今度は母親を引っ張ってやって来た。
「お母さん、これ」
母親を見上げながらチャームを指さす。
「あぁ、バッグチャームね」
「買ってよぉ、お願い」
「大切に出来る?」
「大切にする!」
親子の会話に柚香はきゅんとした。
(私の作品大切にしてくれるんだ!)
「これ・・・いいわね」
母親が別のバッグチャームに手を伸ばす。女の子の指さした物の隣に置かれた、濃紺からミルキーグリーンへのグラデーションがかかった商品。似たモチーフだがこちらは落ち着いた大人の印象の物だった。
「お母さん、これにしようかな」
娘に笑顔を向ける母親に女の子の表情がパッと華やぐ。
「うわっ、お母さんも買うの!? 私のと色違いだ!」
嬉しくて跳ねる女の子が可愛いい。
「お母さんとおそろい!」
嬉しそうに笑う娘を見る母親の目が優しくて、その光景に柚香もほっこりする。笑顔で「これ下さい」と手に取る母親の丁寧な仕草に柚香は幸せな気持ちになった。
(ああ、嬉しい。こんなに喜んでもらえるなんて!)
「ありがとうございます」
子供の屈託のない素直な反応が柚香は嬉しくてたまらなかった。
(私の作った物を買ってくれる人がいて、こんな笑顔が見れるなんて!)
「どうぞ」
会計を済ませ立ち去って行く親子の後ろ姿を見つめていると、ふいに女の子が振り返ってこちらに手を振った。慌てて柚香も手を振る。女の子の嬉しそうにスキップしている姿が人に紛れて見えなくなるまで柚香は見つめていた。
「嬉しいよね」
「・・・うん」
嬉しくて柚香の目が潤む。
「泣くな、お客さんの前では笑顔。えがお」
「まだ泣いてないよ」
反論する柚香を見て沙樹が笑っている。
(嬉しい、このイベント参加して良かった!)
嬉しくて笑顔がこぼれる柚香を見て沙樹の笑顔も大きくなる。自然と呼び込みの声も弾んだ。
平和に時間は流れ、時折立ち止まるお客さんが気に入って買ってくれる。初めてにしてはなかなかの売れ行き。順調だった。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
16時の終了時間まで後わずか、だから沙樹も安心して柚香を1人にした。
「すぐ戻るから」
「うん、大丈夫」
雲行きが怪しくなったのは笑顔で答えた少し後、沙樹が離れるのを待っていたかのようにその人達は現れたのだ。
「へー・・・。これ、こんな値段で売ってるんだ」
「あらまぁ、本当。450円だって」
50代くらいだろうか。2人の女性が柚香の前に立ち止まり、商品を手に取ってしげしげと見始めた。彼女達が目配せしていることに柚香は気付かなかった。
彼女達が手にしていたのはブローチだった。
桜形のフレームに桜の絵柄をあしらった和風の物と、菜の花畑を蝶が舞う楕円形のブローチ。どちらも何度も硬化させてはフィルムを配置し封入物を入れて奥行きをだしていた。
「ちょっとしか中に入ってないのにこの値段?」
「ただレジン流し込んでちょこちょこっと物入れただけよね」
2人だけの何気ない会話を装いながら、その言葉に何かチクチクとした物が混ざっていた。
「私、このフレーム百均で見たことある」
「あら、今私もそう思っていたところよ」
意見が合って楽しそうにしているように見せながら、別の意図を感じさせる笑顔で女達が笑っていた。しかし、柚香は売り込みの相槌をどこで入れたらいいかとまごつき、2人の些細な仕草に気付かない。
「レジンも百均のじゃない?」
「ありえる! 300円でも高いんじゃないかしら」
(え?)
そんな事を疑われるなんて思いもしなかった。
「ねぇ、これ200円で売ってくれない?」
急に振られて柚香は息を飲む。
(フレームもレジンも百均の物じゃないのに・・・!)
思わぬ値段を突きつけられて柚香は戸惑い声が小さくなる。
「そ、それは手芸品店で・・・」
「元手それほどかかってなさそうだし、200円でいいわよね」
財布を取ろうと鞄に手をかける女性を見て、柚香は懸命に首を振った。
「あの、その・・・。それは百均のではなくて・・・」
「プロでもないのにこの値段の付け方おかしいわ!」
女性の声が柚香の言葉に食い気味に乗っかる。
「でも・・・これは百均じゃ・・・」
「この値段で売れると思ってるの?」
目尻をつり上げた女がぴしゃりと言い放った。間髪入れずぶつけられた強い口調が柚香の胸に刺さって思わず一歩後ずさる。
それでも、
「こ・・・この値段は、変じゃないと・・・思います」
小さい声で、柚香はなんとかそう言った。沙樹に促されて他のレジン販売店舗を柚香は見て回っていた。だから知っている。
(だいたい同じくらいの値段だ。沙樹の値段の付け方はおかしくない)
ちゃんと確認した。
装飾華美な作品はそれなりに高い値段が付いていたが、柚香の作品と同じくらいの量の封入物が入っているレジンは大差ない値段が表示されていた。それを見て柚香は安心した。
デザインは違えど技術にさほど大きな差はない。後は買う人の好みの問題だと、そう思えた。
(値段の付け方は変じゃない)
そう心で繰り返し自分に言い聞かせて柚香は何とかその場に踏みとどまった。しかし、威圧的な2人の女性を目の前にして、柚香の胸は早鐘の様に打ち喉から心臓が飛び出そうになっていた。
「自分の作品にずいぶんと自信があるのね、これ趣味で作ったんでしょ? 安い材料で楽しくちょこちょこっと作ったんでしょ? 何この値段、高過ぎるわよ。プロでもないのにいい根性ね! 」
それを聞いた柚香の頭の中でガンガンと音が鳴り響いていた。怒りで血が逆流し悲しさで耳が燃えるように熱い。
「そうよねぇ、素人が作った物がこの値段だなんてねぇ」
その言葉に柚香は言葉が出なかった。
趣味に毛が生えた程度だと自覚しているし素人であることは疑いもない。仕事ではないし、確かに空いた時間に作ったものだ。それでも手を抜いた覚えはない。
「こ、これは一生懸命作ったもので・・・」
「あら、そんな事当たり前じゃない」
やっと口を開いた柚香の言葉に女はむげもない。
「いい加減に作った物を売られたんじゃ困るわ」
「そんな詐欺みたいな物にお金払って買う価値なんてないわよ」
「そうそう!」
女達のまくし立てる声が大きくなってきて周囲の目が集まり始める。
人々の向ける目が怖かった。
視界が歪み柚香の息が小刻みになっていった。涙が目に溜まってこぼれ落ちそうなのを、必死に柚香はこらえる。
(何か言い返さなきゃ・・・!)
でも、口を開いた途端に泣き出しそうだった。こんな相手に涙を見せたくなくて、だから柚香は唇を噛んで睨みつける。柚香のそんな様子を見て彼女達が楽しそうに笑顔を見せていた。
「あら、この子怒ってるみたいよ」
「嫌だわ、ちょっと言われただけで怒るなんて。何様かしら」
彼女達は目を合わせ声を合わせてそう言った。柚香を見つめる2人は顎を上げ
(どんだけ時間かけて一所懸命作ったか・・・!)
普段自分用に趣味で作っている物は確かに百均の材料をよく使っていた。しかし、今回は人に買ってもらうものだからと手芸品店で材料を購入していた。
(丁寧に磨きをかけてUVカットの液も塗って・・・)
言われっぱなしが悔しい。でも、もう怒りで頭が上手く回らない、口を開けば号泣しそうだ。他にも何か言っているが柚香の耳には届かなかった。
沙樹が戻る直前に女達は何も買わず立ち去って行った。
「もっといい物を置いてる所で買いましょ」
「そうね、行きましょう」
立ち去る直前に彼女達は柚香の後方に目を向けたが柚香には分からなかった。直後に戻ってきた沙樹は何かを察したのか、
「柚香、大丈夫? ごめんね、1人にしちゃって」
そう言った。
沙樹の顔を見た途端に涙が決壊し、流れる涙で彼女の表情がよく見えなかった。
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