魔法はさりげなく
天猫 鳴
第1話「桜の舞い散る公園で」
ぽつり・・・・・・
涙がひとつこぼれる。それを追ってもう一粒。
穏やかな春の公園で柚香はうつむき肩を落としてベンチに座っていた。ぽつんと・・・。
ひときわ強い風に桜の枝が揺れ、舞い散る桜が吹雪く。
「これ趣味で作ったんでしょ?」
その人達は値切る気満々だった。
フリーマーケットに不慣れな小娘をやりこめてお安く買いたたいてやる。今考えればそう言うことなのだろうと思えた。
「安い材料で楽しくちょこちょこっと作ったんでしょ? 何この値段、高過ぎるわよ。プロでもないのにいい根性ね!」
きつい口調に人を見下す気配が漂っていた。消しても消しても浮かんでくる心ない言葉に柚香の目頭が熱くなる。
「あぁ・・・、忘れなきゃ。引きずってちゃ駄目だ」
柚香は自分にそう言ってぐいっと目を
「こんな事して何になるの? 儲けられもしないのに」
子供の頃から何度も聞いた母の言葉がふいに頭をかすめる。
絵を描くことに夢中になり、編み物やビーズアクセサリーにはまった。柚香が何かに夢中になる度に母にそう言われた。だから、今回は見返したかった。
(それなのに・・・!)
落ちた涙が掌の上で光る物に落ちて跳ねる。柚香の手に握られているのは彼女が作ったUVレジンのブローチだった。
レジンは紫外線を当てると固まる透明な液体で、型に流し込んで色々な形の物を作る事が出来る。
イヤリングや指輪、ブローチやネックレストップ、そしてバッグチャーム等々。応用次第で様々な物を作れる上に手軽で初心者でも結構綺麗に作ることの出来る素材。
中に閉じこめる
柚香の手の中のブローチは、ふっくらと盛り上がった楕円形の物だった。
レジンで作られた透明な中に菜の花の上を蝶が舞う世界が作られている。角度を変えると蝶の見える位置が変わり、キラキラとした封入物が飛び回る蝶の動きを演出していた。
(なんでもっと上手く言い返せなかったんだろう)
繰り返し思い出す光景に、いったん治まったはずの悔しさが柚香の胸をかきむしり彼女はまた唇を噛んだ。
「柚香、大丈夫? ごめんね、1人にしちゃって」
用を済ませて出店ブースに戻ってきた
沙樹の顔を見た途端に緊張の糸が切れて柚香はボロボロと涙をこぼしてしまった。柚香の背を撫でながら沙樹が申し訳なさそうに顔をのぞき込んだのを覚えている。
「大丈夫、だいじょうぶだよ」
そう言う柚香の頬を涙が伝った。
(笑え! 柚香! 沙樹に悪いじゃない。困ってるよ、泣き止め!)
一生懸命に笑顔を作って空を見上げて涙を引っ込める。
フリマへ参加しようと言ってくれたのは沙樹だ。こんな事になったのは彼女のせいじゃないのに、柚香が泣き続ければ沙樹は自分を責めるだろうと思った。だから、頑張って笑顔を見せた。
その時は涙を止めることが出来たのだ。
手を振って彼女と別れてしばらくは平気だったのに・・・、のどかな公園で桜を見ていたらふと涙がこぼれてしまった。
穏やかな空気が、柚香が自分の心に掛けた蓋をずらして外してしまったようだった。
打ち消したはずの思い出したくない言葉が柚香の耳の奥で何度も聞こえてきて、過ぎた時間が目の前に引き戻されて来る。
(・・・悔しい!)
一端流れ出した涙はすぐには止められなかった。
「ねぇ、柚香。せっかくだからハンドメイドマーケットに出店してみない?」
沙樹に背を押されたのは先月のこと。大学に入ってから仲良くなった沙樹はレジンの先輩でもあった。
「んー・・・買ってもらえる自信ないなぁ」
「何言ってるのよ、友達も褒めてくれてるし依頼もされたんでしょ?」
「そうだけど・・・」
そう、友達にねだられてお友達価格で依頼を受けたことがあった。
柚香自身もなかなか上手く出来ていると思ってはいたけれど、自己満足じゃないかと問われれば言い返せないくらいの
「お友達価格だったから買ってくれたんだと思うし・・・」
「でも、お金を出して買ってくれた」
そうでしょ? と沙樹の目が言っている。
「沙樹の話してくれた通常価格じゃ買ってもらえないと思うよ」
柚香は苦笑いしながら否定した。
「素人の作った物を買ってくれる人・・・いるかしら」
母の何気ない言葉を思い出して柚香の心が縮こまる。
(友達だから応援の意味で買ってくれたのかもしれないし・・・)
作るのが楽しい好きだから作ってる。自分の作品を褒められれば嬉しい、でも、実際に売れるかどうか不安だった。現実を突きつけられたら・・・と思うと怖くてつい予防線を張ってしまう。
(沙樹の言う通りに高めの値段を付けたら私のレジン作品は売れないかもしれない)
材料代にちょっと上乗せした価格ではなく、時給換算も加えるという考えが広がりつつあると沙樹は教えてくれた。もちろん時給をそのまま反映させて作製時間をまるまる金額にするわけではない。
何となく広がる「趣味のハンドメイドなら安くて当然」という感覚から少しでも地位を引き上げたいという作家達の思いを沙樹から聞いた。
趣味だからといって、ちょこちょっといい加減に作っているわけじゃない。大量生産じゃないからこそひとつひとつを丁寧に心を込めて作っている。
(でもなぁ・・・・・・)
ぐずぐずと尻込みする柚香の背を沙樹がまた押す。
「自作のレジングッズが沢山あるのを見て、お母さんに言われたんでしょ? お金にならないことばかりしてどうするの!? って」
柚香は「あぁ・・・」と苦い声で笑った。
この間、柚香の住むアパートにやってきた母にそう言われた。その事を沙樹に話したのを思い出す。
「売れる物を作ってるって分からせたら少しは文句言われなくなるんじゃない?」
「そうだね・・・」
明るくボーイッシュな沙樹。元気玉みたいな彼女の笑顔が柚香の心を後押しするが、まだ気持ちが定まらない。
「そうかもしれないけど、知らない人と話すの苦手だし私バイトでも接客業はしたことないから」
そう言って柚香はまた苦笑いする。
「皿洗い担当とか小さなパン工場で黙々とパン作ったりとか・・・」
本当はやってみたい。けれど、母の言葉がちらついて踏み出せない。
「大丈夫、私お手伝いしますからご安心を」
執事の様に胸に手を当てて沙樹が言う。
「え? 本当?」
「チャレンジしようよ柚香さん」
横から飛びつくように肩に手を回されて、沙樹の笑顔が直ぐそこにあって。柚香は少し前向きな気持ちに傾いていった。
「プロでもない私が言うのもなんだけど、柚香の作品は需要があると思う」
「本当に?」
「思わなかったら勧めない、太鼓判を押すわよ」
嬉しかった。
「まずは小さい所から始めよう」
もう何度も出店経験のある沙樹がいてくれるなら・・・と気持ちが定まった。
彼女と知り合ったのもハンドメイドマーケット、レジンが繋げてくれた友達。同じ大学に通っていると知って今では一番の親友だ。
値段の付け方から印象の良い包装の仕方、ふたりで1個1個包装して箱に詰めて持ってきた。そして、商品の展示方法など様々なノウハウを沙樹に手取り足取りしてもらい今日の日を迎えた。
(それなのに・・・!)
また涙が落ちた。
自分のふがいなさが辛く悲しかった。
過ぎた時間は戻らない、後悔したところでどうにもならないと柚香にも分かっている。
「楽しくて幸せだったのに、こんな事で台無しになるなんて・・・・・・嫌だよ」
地面に落ちた桜の花びらが柚香の前を風に押されて飛ばされていく。吹き飛びながら渦を巻いた花びらがほどけて、はらはらと落ちていくのを柚香は見つめていた。
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