第7話 不慣れなシャウト

ステージの後ろでは、次に順番が回ってくるアヤカ達が演奏の準備をしていた。


「おっし! みんな気合は十分か!!」


アヤカがそう言って声を上げる。


「・・・ねえ、アヤカちゃん。本当に大丈夫?」


メグミが心配して、アヤカの肩をさすった。


リョウコも、メグミに続くようにしてアヤカに声をかける。


「無理をせず、今日は休んだ方がいいんじゃないの?」


「うるせえな、あたしの何を心配してんだ、お前らはよ」


「そりゃ、さっきまでニノン、ニノンっていって泣きべそかいてたアヤカのメンタルを心配してるんだよ。私達は」


はっきりと物を言うリョウコに、メグミは困った顔をする。


「泣きべそなんてかいてねえ! ニノンはニノンで頑張ってるはずなんだ。あたしも、今頑張らないでいつ頑張るってんだよ!」


「まあ、言いたいことはなんとなくわかる。アヤカが大丈夫だって言うんなら、問題ない」


そういって、リョウコは自分のキーボードの調子を確認する作業に戻った。


「まったく、ニノンのヤツ・・・これで大スターにならなかったら、ぶっ飛ばしてやるからな・・・」


そう言ったアヤカは、どこか清々しい顔をしていた。

メグミはその表情をみて、安心したように息をつくのだった。




「みんな! 遅れてごめん!!」


全員が演奏前の準備に取り掛かったのもつかの間だった。


私は声を張り上げて、元気よくみんなの前に姿を現す。


ギターをぶら下げて現れた私の姿を見て、三人は口を開いて驚愕の表情を浮かべていた。


「ちょっとニノン! あなた何でここにいるのよ!」


「事務所に行くのはどうしたのさ!? 大事な用事があるって言ってたじゃんか!」


メグミとリョウコは私に詰め寄ると、ものすごい勢いでまくし立てた。

しかし、その後にアヤカが言葉を発したため、二人は一歩引いて口を閉じた。


「ふざけんなよお前!! こんなところで何してんだよ!!」


物凄い剣幕だった。

見ている二人が息を呑むのがわかる。


それでも臆することなく、私はアヤカを真っ直ぐに見つめる。


「ふざけてないよ。私は私のやりたいようにしただけ。アヤカが私に言いたいことを言ってくれたみたいにね」


「そんな屁理屈言ってんじゃねえよ!! お前はどんだけのチャンスを捨てようとしてるのか分かって・・・」


アヤカが怒りをあらわにしながら、私に詰め寄ろうとして踏み出した。


それを見て、私は負けじと前に進みだす。


「私はっ・・・!!」


私の声と行動に気圧されたように、アヤカの足取りはピタリと止まった。


「一人で音楽なんてやりたくない!! みんなと一緒に、このバンドで演奏して歌いたい!! アヤカと一緒にいたいんだ!! 文句あるかっ! この野郎!!」


自分で発した言葉に、思ったより迫力が無くて驚く。

やっぱりアヤカみたいに、カッコよく声を荒げるなんてことは私にはできない。


なれないことはあまりやるもんじゃないなと思ったが、そんなことは今はどうでもよかった。


「なんで・・・そんなっ・・・」


アヤカは言葉を詰まらせた。

何かがこみ上げてくるのを必死に堪えようとしていたが、目尻には涙を浮かべていた。


そんなアヤカをみて、私はゆっくりと歩みを進めると、そのままアヤカの目の前まで移動する。


「それにハッキリと気づかせてくれたのは、アヤカなんだよ・・・。アヤカが私に言ってくれたから、私がそう言って欲しいって望んでいたから、私は今ここに立ってる。・・・アヤカがさっき電話で一緒に居たいって言ってくれたのは、ホントの気持ちじゃなかったの・・・?」


「・・・・・・ホントにきまってるだろぉ。ずっとニノンと一緒にいたいよぉ・・・」


アヤカの表情が一気にぐちゃぐちゃになった。

ボロボロと流れ出る涙で、目元の化粧が所々滲にじんでいく。


「だったら、何も問題ないじゃない! 私たちは私たちの楽しいことを一番に優先したってさ!」


私はアヤカの片手をとって、両手で強く握りしめた。


泣きじゃくるアヤカと私を見ていた二人は、目尻に涙を浮かべながらその姿を見守っている。


「この・・・大馬鹿野郎ぉ・・・」


そう言って、空いた方の手で、アヤカは涙を拭っていた。


「迷惑かけちゃった人もいるけど、今はそんなことより・・・。私たちの新曲披露を成功させるのが優先!!」


とびっきりの笑顔で言った私を見て、アヤカは一度だけ鼻をすする。

そして私が握っている手の上に、空いている手を力強く重ねた。


「ああ、その通りだな!!」


アヤカの大声で、その場にいた全員に気合が入った。


リョウコが跳ねながら、みんなの中心に躍り出る。

そして殻を割ったように話し始める。


「話もまとまったことだし、演奏の準備だよ! あっ、でもニノンは練習してないのに、大丈夫なの!?」


「ふふん。誰が曲の最終調整をしたのか忘れたのかね! てゆうか、いつも私が歌ってたけど、今日は誰がボーカルをするつもりだったの?」


私の疑問に、アヤカが答えた。


「あたしだけど?」


「ええっ!? アヤカの酒やけボイスで歌うつもりだったの!?」


「誰が酒やけボイスだコラ!! 飲んだことねーし!!」


私とアヤカのやりとりに、他の二人は腹を抱えて笑っている。



「お嬢さん方、ステージの準備できてますよ! まきでお願いします!」


スタッフの人が現れて、私達に声をかけた。



「それじゃ、ニノンが戻って来たことだし、ボーカル兼ギターはニノン。あたしはベース!」


声を張り上げたのはアヤカ。


「私はキーボード!」


リョウコが自分のキーボードを、無理をしてかかげる。


「私は・・・ステージに置いてあるから、これしか持ってないけど、ドラム!」


メグミもリョウコに合わせて、自分の持っている二本のスティックをかかげた。


「よし、みんな! 一緒に最高のライブをしよう!」


その場を締めくくる様にそう言った私の声を皮切りに、私達は勢いよくステージへと躍り出ていくのだった。

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