第5話 笑い泣き
私は駅のホームに立っていた。
隣町に向かう電車を待っている。
日が暮れて、街は街灯や店の光で輝いている。
駅のホームを照らす蛍光灯の光は、少しほの暗い。
「次の電車はー、××行き、××行きー」
アナウンスが鳴り響き、人の波はホームの端へと流れていく。
この電車に乗って隣町へ行ったら、私の新しい人生への第一歩が踏み出されるのだろう。
私に声をかけてくれたプロデューサーは、人柄のよさそうなひとだった。
事務所の社長はどんな人だろう。
人見知りの私は上手くやっていけるだろうか。
色々なことが頭の中を巡るが、どの考えもふわふわと宙を浮く様に考えがまとまらなかった。
その原因は分かっている。
家を出る前に姉と話していたことが頭から離れない。
それが思考の中に常にとどまっているせいで、他のことを考える余力がない。
「アヤカの本当の気持ち・・・か」
ホームの向こう側に広がる暗闇を見つめて、悶々と考える。
こんなことになっているのは姉のせいだ。
姉が言った通りなんだとしたら、私はアヤカに何を求めていたのだろう。
握りしめた携帯に視線を落とす。
連絡先に登録されている、アヤカの電話番号を画面に映す。
今、無性にアヤカと話がしたい。
姉と話をしている時は、アヤカと話をするのは明日と決めていた。
しかし、もうすぐ到着するであろう電車に乗る前に、アヤカと話さないといけない気がした。
そうしないと後悔すると、私はそう感じるのだった。
「アヤカ・・・」
私は呟いて、発信ボタンを押す。
冷たい電子音が鳴り続けてしばらくすると、電話がつながってアヤカの声が聞こえた。
「もしもし? どうしたニノン」
「ごめんね。・・・もうすぐライブ始まるよね」
「ああ、大丈夫。あたし達の番はもう少し先だから。それよりどうしたんだよ」
スピーカーからは、向こうのガヤガヤとした喧騒が聞こえる。
おそらく、今演奏しているであろうバンドの音楽が、アヤカ達のいる控室まで伝わっているのだろう。
「これから事務所行くんだろう? あ、さてはお前、びびって電話かけてきたんだろう」
アヤカは電話ごしに、明るい口調で、笑い交じりにそう言った。
「うん・・・。そんなところかな」
私も笑い交じりにそう返した。
「なにびびってんだよ。あたし達が応援してんだから、大丈夫だって。お前には才能もあるし、引っ込み思案なところがあるけど、それもまあキャラとして受け入れられるって!」
アヤカの言葉に、私は返事を返さなかった。
「・・・オイ、大丈夫か?」
「あのね、私これから電車に乗るの」
「お、おう。そうか」
私の宣言に、戸惑った様子のアヤカ。
「この電車に乗ったらね、なんだか私、遠くに連れていかれちゃう気がするんだ」
「・・・そうかもな」
「・・・私これから電車に乗るの」
「分かってるよ」
「これから電車に・・・」
「分かってるってっ!」
しびれを切らしたように、アヤカは声を大きくした。
「不安なのは分かる! でも、あたしにはどうしてやることもできないんだよ! 悔しいけど、今あたしはお前の隣に居ないんだからな!」
アヤカは怒ってはいなかった。
なんとかして私を元気づけようとしてくれているのを声の抑揚から感じる。
「そこから先はお前が自分で歩かなきゃいけない道なんだ。今までみたいに、一緒に歩いては行けない。行きたいけど無理なんだ!」
私は目頭が熱くなるのを感じる。
それが嬉しいからなのか、悲しいからなのか、分からない。
「だから、頑張ってくれよ! お前の頑張ってる所を、あたしに見せてくれよ! それが見たいんだよあたしはぁっ!」
言葉の最後が上ずっていた。
アヤカも感情的になっているのがわかる。
私は物凄く迷って、次の言葉を考える。
だけど考えがまとまらなかった。
「私・・・これから電車に乗って・・・」
「何なんだよお前はっ!!」
電話の向こうのアヤカが怒りをあらわにしているのを、今度は確かに感じた。
「まったく・・・もう電話切るからな」
「待ってっ!!」
「なんだよ!」
「私、アヤカの本当の気持ちが知りたくて・・・」
「はあっ!?」
「そのっ・・・、アヤカが私を応援してくれるっていうのが嘘だとは思ってないんだけど。・・・なんかアヤカが、本当に思っていることは違うんじゃないかというか・・・私が違う言葉を求めている気がするというか・・・私にもよくわかってないんだけど・・・」
私はたどたどしく説明する。
自分でもよくわかっていないものだから、どうニュアンスをつたえればいいのか分からなかった。
「おまえっ・・・!?」
アヤカは私の言葉を聞いて押し黙ってしまった。
そのまましばらく何も言わないので、私は間違ったことを言ってしまった気になって後悔する。
「ごめんね・・・なんでもない。今のは忘れて」
沈黙に耐えられなくなり、私はそう言って電話を切ろうとした。
「なんで・・・」
その瞬間、アヤカが言葉を発したので、再び私は電話を耳に宛がう。
「なんでそんなこと言うんだよっ!! あたしの気も知らないで勝手言いやがって、この馬鹿野郎!!」
耳元で爆発したかのように怒鳴り声を上げるアヤカ。
私は思わず表情を歪めたが、携帯を耳から離そうとは思わなかった。
「あたしは嬉しかったんだよ! あんたにメジャーの話が来た時、大好きなあんたの音楽が、世間に認めてもらえるかもしれないって思って!」
押さえきれないアヤカの感情が、声に乗って伝わってくる。
「だから、おめでとうって言おうと思ったんだ! てか言った!! だけどさ・・・。よく考えたら、あんたがメジャーで活躍するようになるってことは、あたし達から離れて行っちゃうってことじゃん!!」
私は言われて、はっとする。
アヤカが言っていることは、私も同じように思っていたことだったから。
現に最近の私は、軽音楽部の活動から距離が遠のいていることに寂しさを感じていた。
「あんたの音楽を一番に聞いて・・・一番に良いって伝えるのが、あたし達じゃなくなるってことじゃん!!」
ああ、そうだ。
ぶつけるように思いを吐き出してくるこの感覚。
アヤカが怒った時はいつもこうなんだ。
「誰があんたを軽音楽部に誘ったと思ってんだよ!! このあたしだぞ! お前のことを誰よりも知ってるあたしだ!! 小さい頃からいつも一緒にいたあたしだ! ずっと・・・ずっと一緒に居たのにさぁ・・・」
アヤカは泣いていた。
電話越しでもはっきりとわかる。
これは泣いている時のアヤカだ。
「なんであたしから離れていっちゃうんだよぉ・・・行くなよぉ・・・ばかぁ・・・」
それ以降はアヤカの泣き声だけが聞こえた。
電話ごしにアヤカのそばで誰かが騒いでいるのが分かる。
きっとメグミかリョウコが、泣き出したアヤカを見て騒いでいるに違いない。
「あは、・・・あははははは!」
私は堪えられない笑いがこみ上げてきて、口に出してしまう。
「・・・何わらってんだよ」
「ううん、なんでもないの。ごめんね」
電話の向こうのアヤカは気づいていないだろう。
今私が盛大に涙を流していることを。
涙を流しながら、満足そうに笑みを浮かべていることを。
「もう・・・電話切るね」
「あっ、おい待て話はまだ・・・」
聞こえてくる声を気にせずに、私は電話を切った。
駅のホームには笛の音が鳴り響く。
待っていた電車が到着したのだ。
扉が開いて、人がまばらに出入りする。
私は地面を蹴ると、勢いよく走り出した。
電車のドアが音をたてて閉まる。
たくさんの人でごった返す車内。
そこに、電車を待っていた私の姿は無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます